首相官邸も財務省も畏れる…“裏の最強官庁”内閣法制局の影響力
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ryomiyagi

2022/09/23

先の参議院選も終え、わかったことは与党・自民党が単独過半数を占め、いよいよ独走状態に入ったということだった。いまだに激戦を続けるウクライナVSロシア戦争を背景に、改憲の機運は高まりつつある。改憲を結党以来の党是とする自民党にとっては、憲法改正こそが悲願なのだろうが、国民の多くが改憲にどれ程の意味があるのか不安と疑問を拭いきれないでいる。

 

改憲か護憲かで割れる意見の主たるところは、戦争放棄と戦力保有の有無だと思うが、この二つこそ、改憲派が意図するままに柔軟すぎるほどの解釈がなされ、護憲派が唱える日本国憲法の神性をすでに踏みにじっているように思える。
改憲により、自民党がなさんとする事は、すでに現行の憲法下においても成せているように筆者は思うのだが、それでもとする国粋の士には、いったいどのような野望があるのだろうか。
しかし、そんな自民党の独走に歯止めをかける官僚組織があると聞いた。それが「内閣法制局」である。

 

先日『検証 内閣法制局の近現代史』(光文社新書)を入手した。著者は、本書に先駆けること『検証 財務省の近現代史』『検証 検察庁の近現代史』の二冊を始めとする多数の問題の書を刊行するなど、積極的な言論活動を展開する憲政史研究者である倉山満氏。本書は、先に紹介した財務省・検察庁に次ぐ三部作の完結本でもある。

 

内閣法制局は、とらえどころのない役所です。名前を知っている人の多くも実態はよくわかっていない。圧倒的多数の人は名前すら知らない。そんな内閣法制局が財務省や首相官邸を押さえ込む謎の力を持っている。(中略)
最強官庁・財務省ですら、内閣法制局のことを「あいつらを敵に回すとめんどくさい」と思っています。あえて言うなら、表の最強官庁が財務省主計局、裏の最強官庁が内閣法制局でしょうか。

 

広く最強といわれる財務省主計局ですら衝突を嫌う内閣法制局。裏の最強官庁・内閣法制局とはいったいどれ程の力があるのだろうか。
1994年6月、頑なに自衛隊を違憲としてきた社会党党首・村山富市が内閣総理大臣となったとき。なんと首相となった村山富市は、自衛隊は合憲と認めてしまうが、その時も、首相答弁の原案は内閣法制局が作成した。
「内閣が交代しても、憲法解釈を変更する余地はない。法律解釈とはそういうものです。政権が代わるたびに憲法解釈を変更したら、内閣法制局は組織としての信頼を失う」との弁を受け入れた村山富市首相は、「九条解釈をめぐり内閣法制局と対立したら、内閣はもたない」と側近に漏らしたという。
片や、結党以来護憲を貫いてきた日本社会党の党首たるものが、あろうことか自衛隊を合憲としてしまう。それがどれほどの驚きと落胆をもたらしたか、当時の社会党員を始めとする護憲派の驚愕する様を思うと可哀想ですらある。
しかし、内閣法制局が「最強の官庁」と言われる所以はこの一事に留まらない。

 

毎度、首相が交代する度に一部の外国から問題視される靖国参拝についても、内閣法制局は圧倒的な影響力をもつ。

 

(前略)
警戒等においては、その地位からいたしましても当然一般の私どもがお参りする場合とは違ってくることは、これはやむを得ないことであろうと思います。ただ、戦没者追悼式の場合においては、国の機関が主催をして行う一つの儀式の中の一段階としてと申しますか、一つの行事として天皇陛下がお言葉をたまうということで公的な色彩がきわめて強い。それに対して、靖国神社に明日お参りになる姿は全く私的なものであると言う区別があると思います。(昭和50年11月20日参議院内閣委員会)
天皇の靖国参拝は、この翌日が最後となります。なぜ途絶えたかは諸説あるのですが、この吉国答弁の翌日が最後となります。

 

以来、確かに天皇陛下の靖国参拝は耐えて久しい。靖国神社を公人が参拝することの是非はさておき、まがりなりにも日本国の象徴であり、更には数多の日本国民の圧倒的な尊崇を集める天皇陛下の動向を規制するかのような発言を繰り返す内閣法制局の存在は畏れるに余りある。加えて同局は、その時々の政権にすら脅威を与え続けている。天皇陛下の参拝に対して異を唱えるのだから、時の首相ごときの参拝など、簡単に口を挟めるはずだ。
そしてさらに、内閣法制局による天皇陛下に対する攻撃は続く。

 

帝国憲法時代の「大正」「昭和」、そして現行憲法での「平成」は事前に準備されていましたが、御世代わりまでは公表されません。(中略)
つまり、元号の事前公表は絶対に許されないのです。これまでは天皇陛下の崩御により改元、今回は譲位による改元ですが、元号の事前公表は許されない。元号法には「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」とあります。つまり、天皇の代替わりにしか元号は変えてはいけないはずです。皇位の継承がある前に改元してはいけません。
ところが、令和の元号は二○一九(平成三一)年四月一日に事前公表されました。
事前発表は、上皇陛下の玉音放送(ビデオメッセージ)が、いかに内閣法制局の逆鱗に触れたかの表れです。(中略)
要するに、皇室を貶めるためだけの、事前公表です。

 

そういえば、「次の元号は?」と世の中が騒ぎ立てる中、まだ譲位も為されないうちに早々と新元号が発表され騒然としたのを覚えている。悲しいかな、六法はもとより憲法など露ほども知らず、ただなんとなく天皇陛下に好感を抱いている程度の私などには、それがいかに禁忌を犯す行為かなどは知りようもなく、ただ発表された新元号に浮かれていた。
皇室までも貶め、総理大臣の答弁などいかようにも左右するほどの官庁が、果たしてこの先、私たち日本国民の味方になってくれるかどうか……。すでに選挙では変わりようの無いところまで来てしまった政治家の意識を、どうか「最強の官庁」が国民目線で見張っていて欲しい。

 

本書『検証 内閣法制局の近現代史』(光文社新書)は、謎に包まれた最小規模(全職員で70名)にして最強の官庁・内閣法制局がどれほど強権かを知るに最も優れた一冊に違いない。本書に記された一章毎が、それぞれ恐るべき取材力と圧倒的な法知識を持っていなければ検証すらできない。そんな章が何章にも渡って綴られている。改めて、問題の本質に迫るには知識が必要なのだと思い知らされた。
だからと言って、さすがにここまで(法律家を超えるほどの)の知識は一般的な人生において必要とされない以上、やはり伏魔殿の悪行の数々を知るには、著者の弁を待つか本書を読み込むことしかないだろう。
それほどに得がたい一冊であり、読後は、そんな最強の官庁だからこそ、国民のヒーローであってくれと一心に願うのみである。

 

文/森健次

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検証 内閣法制局の近現代史

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倉山満(くらやま・みつる)

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