「自分のことしか興味が持てない問題」に効く、Diffusion Modelを基にした、対話式イグニッション法
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ryomiyagi

2022/11/24

2022年11月24日発売の書籍『となりのアルゴリズム 自分で答えを出すためのデータサイエンス思考』(篠田裕之著・光文社刊)より、広告会社のデータサイエンス部門に勤める著者が、部署の後輩たちと生き方の指針になるようなアルゴリズムを語り合う様子を抜粋してお届けします。情報工学的な知識で、あなたの心がちょっと軽くなるかも?しれません。※本書はフィクションです。

 

とある週末、小池くんと渡辺くんとサッカー観戦に出かけた。我々は特に贔屓にしているドリブラータイプの選手がいる。この日の試合も彼がドリブルで敵陣を切り裂くシーンが何度もあったが、得点シーンはドリブルではなく味方とのワンツーパスを起点として生まれたものだった。

 

試合後、我々は居酒屋に寄り、スマホで先程の試合を配信で振り返りながら飲んでいた。

 

「彼はこれまで我が強くてそれが魅力でもあったのですが、なかなか結果がついてこず苦しんでいる印象がありました。でも、今季は余裕がありますね。周りが見えているというか」

 

小池くんが言った。

 

「プレイ幅が広がったな。これまでドリブルが武器だとこだわっている部分があったが、パスがうまくなった」

 

渡辺くんが続いた。

 

「僕、彼は自分にすごく似ていると思って親近感湧くんですよね」
「小池が? 髪はムサいし、先週のフットサルで準備運動中に足つったのに?」
「いや、外見や運動神経ということではなく……なんと言えばいいか、生き方と言えばいいのか。自分は結構周りが見えていなくて、よくデリカシーがないと言われるのだが、気を遣えないというよりも、そもそも究極的にはあまり他人に興味がないんだよね。自分がいかに成長するかとか自分のやりたいことをやるとかそういうことに関心があって、ベクトルが全て自分、内向きなんですよ」
「バランスなのでは。別に自分にベクトルが向くことが悪くはないし、自分と向き合う時間も必要だろ」

 

私は、小池くんと渡辺くんの会話をレモンサワーを飲みながら聞いていたが、ふと小池くんに尋ねた。

 

「小池くんが死ぬときのことを想像してほしいのだが、愛する家族に囲まれながら、しかし自分は何も成し遂げることができなかったと思いながら死ぬか、ただひとり孤独の中ではあるが、ある分野の中で確かな爪痕を残したと自分の中の充足感にみちながら死ぬか、どちらかの未来しか選べないとしたらどちらを選ぶ?」
「また極端なことを言いますね。どうだろう。いや、恋愛はしたいですし、いずれ家族も欲しいかな。でも自分がまだやりたいことが自分の実力不足でできていなくて燻っていることも事実です。難しいな。後者……と言えるとストイックで格好いいですが。というか聞き方が誘導尋問ぽくないですか。ちなみに篠田さんはどちらなんですか?」
「圧倒的に後者……だった」
「だった? 今は前者ということですか?」
「わからなくなった」
「ずるい。そもそもどちらかしかないという考えが偏っていますよ」
「わからなくなったが、考える道筋として対話式イグニッション法を用いるとよい」

 

無人島に流れ着いても絵を描き続けるか

 

私は強いモットーや座右の銘があるわけではないが、それでも信念めいた何かを捻り出すのなら「自分のことを信じすぎない」だと言えなくもない。私は中学・高校時代は美術部に入って油絵と漫画を描いてばかりいる青年だったが、大学では演劇サークルに入って舞台美術や宣伝美術をする傍ら、個人制作アニメーションを作っていた。学科の専門はコンピュータサイエンスを専攻しプログラミングが好きだった。今は広告会社でデータサイエンティストとして働いている。自分がある瞬間にはこれが面白い、こういうことをやっていたいと思ったとしても、自分の面白いと思うことはどんどん変わるし実際そうやって生きてきた。だから本当にこの道で合っているのだろうかと悩むことは少なく、その時々で面白いと思うことに集中して、ある一定期間はフルコミットしながらも、興味の対象が変われば自分に縛られすぎず変えればいいと思っている。

 

私は1981年~1996年に生まれた、いわゆるミレニアル世代だ。従来の世代よりも個を重視する傾向があり、働き方も多様になったと言われる。実際、同世代の友人・知人で起業したりスタートアップに転職したりする人たちも少なくない。私たち以降の世代では、さらにその傾向は顕著だろう。一方私は会社に属しながら独立遊軍のような働き方をしている。

 

よく「なぜ篠田さんはまだ会社にいるのですか。独立はしないのですか」と聞かれる。私は瞬間瞬間で技術的な興味や惹かれるテーマはあるが、使命感として一生を懸けてやり続けたいということがない。だから逆に使命感を持って何かをやっている人たちをサポートできる仕事が自分には合っていると思う。そのためにプログラミングやデータ分析、プレゼンテーションや執筆含めた表現など専門的なスキルを高めていたいとは思う。

 

だから、私はものすごく自分にしか興味がないような人間とよく誤解されながらも本質的に他人に依存している。無人島に流れ着いても絵を描き続けるかと問われるとストイックには描けない(私は実際に趣味で油絵を描くことが好きだが、ここでは「無人島で絵を描く」というのはある種のメタファーだと思ってもらいたい)。

 

誰かに見てほしかったり誰かの役に立ったりする過程で結果的に自己成長があることがモチベーションになるタイプの人間だ。自分の中に渦巻く混沌とした情念が他人との関わりによって部分的に照らされてある瞬間ではその照らされた方向に進んでいく、そのような考え方・生き方を対話式イグニッション法と呼ぶことにした。
ノイズを徐々に除去していき新たなものを生成するモデル

 

「対話式イグニッション法は生成モデルのひとつであるDiffusion Modelを参考にして考案された」
「生成モデルとは新しく絵などを自動生成するAIのことですよね」

 

小池くんが聞いた。

 

渡辺くんは「生成モデルではGAN(Generative Adversarial Network。敵対的ネットワーク)が有名でしたよね。GANは画像を生成するネットワークGenerator(生成器)と、画像がGeneratorから生成された偽画像か本物の画像かを判定するDiscriminator(識別器)の、2つのモデルを学習することで本物に近い画像を生成するものですが」と言った。

 

私は頷きながら「その通り。一方でDiffusion Modelはあるデータに徐々にノイズを加えていけば最終的にランダムノイズになるという前提で、その逆プロセスを学習させることで新たなデータを生成するモデルとなる」と答えた。

 

 

「実際、これで高品質な画像などが生成されるので面白いですよね」

 

小池くんはインターネット上に溢れるAIで自動生成された画像を閲覧しながら感心していた。

 

Diffusion Modelが完全なノイズから徐々にノイズを除去していき新たなデータを生成する過程が、対話式イグニッション法における、混沌とした情念が他人との関わり合いの中でスポットライトが当てられある瞬間における信念が沸き立つ過程と近似している。

 

 

SNSや飲み会で交流するだけが他人に対する興味ではない

 

「なるほど。僕、思い出したのですが、師となる人が要所要所でいたんですよね。尊敬する人、憧れの人と言ってもいいですが。幼少期は近所のお兄さん、青年期は家庭教師の人、大学時代はサークルの先輩」

 

小池くんが言った。

 

「だからスキルを向上させるために重要なことは、自分の時間をいかに確保するかだと今でも思っていますが、考え方含めた幅広い意味でのセンスは誰かに鍛えてもらったような気がします。手取り足取り直接指導されたということではなくても」
「なるほど。そして社会人になった小池には師となる人はいるのか」

 

渡辺くんが聞いた。

 

「難しいな。篠田さんは師というより友達だし」
「それはおかしくないか」

 

私はできるだけ好意的に受け止めようと努めた。

 

「真面目にいうと渡辺にだって自分はいい意味でのライバル意識があり、それがモチベーションになっているからな。だ、だだだからわわわ渡辺も俺にとってまあ」
「そこで、どもらないでくれ。つまり小池は非常に他人に興味あるよな、もはや。SNSや飲み会で交流するだけが他人に対する興味ではないだろう」

 

小池くんと渡辺くんのやりとりを聞いていた私はふとスマホの時刻を見てため息をついた。

 

「残念ながら本日の終電はなくなったようだ。ここから我々の最寄り駅まで3時間歩けば着ける。タクシーは甘え、なあそうだろ、みんな」
「噓だろ」
「またいつものパターンか」

 

薄暗い道のりを我々は黙々とただ一緒に歩いていく。

 

アルゴリズム解説
Diffusion Model(拡散モデル)
実データに対して徐々に小さなガウシアンノイズを足していくとステップが進むごとにそのデータの特徴は失われやがて完全なガウシアンノイズになる。このときガウシアンノイズの付加方向の変化量が十分に小さい場合、逆方向も同様の関数系で表せるという性質を利用し、ノイズから画像を生成する過程を学習するアルゴリズムがDiffusion Modelである。画像の生成や画像の補完、画像の一部変換などに利用されているほか、テキストからの画像生成における領域で一躍脚光を浴びた。

 

『となりのアルゴリズム』
篠田裕之/著

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