円堂都司昭が読む『黄色い家』不正のなかのイノセント

小説宝石 

『黄色い家』中央公論新社
川上未映子/著

 

二〇二〇年。二十代女性への監禁・傷害の罪で吉川黄美子被告・六十歳の初公判が開かれた。その記事を読んだ花は、黄美子と暮らした過去を思い、当時一緒だった蘭と会う。もう一人の桃子を含め同居生活をした四人は、警察にいえないことをしていたらしい。以上が第一章。第二章以後は、一九九〇年代後半を舞台に十五歳の花が、スナックで働く母の友人・黄美子と出会い、一緒に過ごした二十歳過ぎまでの年月を描いていく。川上未映子『黄色い家』は、そのような構成をとっている。

 

第一章の記述は、記事の事件と似たことが過去にあったのでは、と予想させるだろう。黄美子と花はスナック「れもん」を開店し、蘭と桃子が共同生活に加わり、やがてカード絡みのシノギを始める。それぞれの母娘関係などに起因する四人の共感と齟齬が、細やかにとらえられている。また、犯罪を題材とし、予想と異なる意外な展開をみせる点で、ミステリー的なエンタテインメント性をあわせ持つ。

 

面白いのは、主人公・花の真面目さ。彼女は恋愛やセックスに興味がなく、風水で金運上昇につながるという黄色に執着する。就職氷河期世代が作られたその時代に、スナックでもシノギでも懸命に働き金を貯めるのだ。不正に手を染めているが勤勉で、なにかと考えがちな花は「お前の人生どうなんだって訊かれたら、なんて答えられるんだろう」と不安を口にする。だが、難しいことをわかる力がない黄美子は「誰もそんなこと、訊かなくない?」と応じる。彼女は、わからないなりに生きているのだ。このやりとりは印象的で、まるで違う二人なのにそれぞれイノセントであることにハッとさせられた。

 

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『星くずの殺人』講談社
桃野雑派/著

 

■宇宙ホテルでの連続殺人

 

桃野雑派『星くずの殺人』では、日本初の格安宇宙旅行で一行が訪れた宇宙ホテル「星くず」が、連続殺人の舞台となる。無重力下なのに機長が首吊り状態で死んでいたのが始まりだった。以後も通信機能喪失など怪事が相次ぐ。添乗員は帰還を考えるものの、地上から「危険」というメッセージが届く。犯人はなぜ、こんなところで事件を起こしたのか。宇宙での安全性を考慮した設計を逆手にとる犯行が興味深い。犯人の動機は、地球を見下ろせる場所だからこそのものであり、神のごとき高みの視点を人間が持つことの善し悪しを考えさせられる。

 

『黄色い家』中央公論新社
川上未映子/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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