逆さバイバイ、クレーン現象―自閉症とは?(2)
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

面白いのは、逆さバイバイやクレーン現象かもしれない。いや、渦中の人間にとっては面白いどころではないのだが。

 

逆さバイバイは、手のひらを自分に向けてするバイバイである。ふつうのバイバイとは、手のひらの向きが逆になっている。文章にすると「ふーん」だが、最初に目にしたときは、結構異様でぞっとした。周囲に聞くと、じぶんも子どもの頃やっていたらしいのだが。

 

子どものバイバイは、大人を模倣して始まるわけだが、逆さバイバイは真似としては正しいと思うのだ。だって、大人のバイバイを見たら、みんな手のひらは子どもの方を向いているのだから。それをそのまま模倣したら、自分に手のひらを向けてバイバイをする「逆さバイバイ」になる。

 

でも、経験的に明らかなように、これはふつうのバイバイではない。もう遠い記憶だが、定型発達の子は生後6か月くらいでも、ふつうのバイバイができていたように思う。このくらいの月齢でも、自己と他者の区別がきちんとついていて、他者の真似をするのであれば、手のひらはひっくり返すべきだと理解できているわけである。

 

そう、自閉症の子は、他者への興味のなさ故に、自己と他者の区別が曖昧なのではないかと思う。よく「自閉症の子は、他者の気持ちを想像できない」と言うが、近くで観察していていると、想像する能力がないというよりは、「自己と他者なんて同じだろう?」程度に思っていて、他者の気持ちを想像する能力を使用しないように見えるのである。

 

クレーン現象も、その文脈で説明できるのではないかと思う。自閉症の子は、手先が不器用な子が多いので、思い通りにならない自分の手のかわりに、よく機能する他人の手を勝手に使ってしまうのである。他人の手を動かす様がクレーンに似ているので、クレーン現象と呼ぶ。ぼくは、大嫌いなキアゲハの幼虫(子どもは大好きなのだ)をクレーン現象でつかまされそうになって、思わず車道に飛び退いたことがある。危険な現象である。

 

ただ、勘違いして欲しくないのは、逆さバイバイやクレーン現象をしていたから、すぐ自閉症というわけではないことだ。定型発達の子だって、そのくらいすることはある。誰でも自閉症的な要素を持っているし、自閉症の子も定型的な要素を持っている。両者は連続していて、どこからを定型、どこからを障害と線引き(カットオフライン)することはとても難しい。

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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