酒向正春×津田大介【対談】「健康寿命」を長くするために必要なことーー超高齢化時代の患者論
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◇「攻めのリハビリ」とはなにか

 

津田:酒向さんは本のなかで「攻めのリハビリ」を提唱されています 。リハビリにはどちらかといえば「守り」のイメージがありますが、この「攻めのリハビリ」とはどういうものなのでしょうか。

 

酒向:「攻めのリハビリ」とは、アクティブなリハビリのことです。たとえばこの考えのもとおこなわれるリハビリは、患者さんが病気を発症して24時間以内に開始されることが多い。遅くとも48時間以内には始めなければいけないですね。

 

津田:昔は手術で身体にメスを入れたりした場合、術後はしばらく安静にしているのが定説でしたが、いまは24時間以内に身体を動かしますよね。医療の常識がどんどん変わってきたように、リハビリの常識も変わってきたということですか?

 

酒向:そうですね。患者さんの身体をきちんと管理できていれば、動かしても危険ではないことがわかってきました。危険でないのなら、早く動かしたほうがいい。そのときに大事なのは、立たせること、歩かせること、しゃべらせること。

 

患者さんとコミュニケーションをとって、ある程度の体力がついてきたら、屋外に連れ出し太陽にあたってもらう。そういったことを迅速に進めるのが「攻めのリハビリ」です。

 

津田:病気や老いの影響で、ちょっと歩くのがつらそうな患者に対し、家族は「寝てていいよ」なんて言ってしまいがちですが、場合によっては心を鬼にして歩かせたほうが良いようなこともあると。

 

酒向:はい。ただし、リハビリって楽しくないと続かないんですよ。

 

津田:たしかに。

 

酒向:ですから、いかに患者さんに楽しんでリハビリしていただくか。それを考えるのが私たちプロの仕事です。拷問のようなリハビリでは続きません。

 

津田:患者さんにリハビリを楽しんでもらうための工夫をするということですね。なるほど。ちなみに、リハビリにおいては家族のサポートが非常に重要だということですが、家族もチームの一員として加わってもらうにあたり、医師としてされている工夫はありますか?

 

酒向:治療が長期にわたると、病気の患者さんだけでなく、多くのご家族が病んでしまいます。病気を抱えている患者さんと違い、ご家族は健全だからと理屈でもって話を進めると、トラブルになる可能性があります。

 

津田:患者さんに対しても、ご家族に対しても、合理性だけでリハビリするのではなく、双方へのケアを優先していると。

 

酒向:そうです。もっとも大切なのは、患者さんとご家族の心のケアをすること。
みなさんにチームになっていただくには、そこをおろそかにしてはなりません。

 

津田大介氏

 

◇楽しい余生をサポートするまちづくり

 

津田:酒向さんはリハビリ医として医療活動に携わる傍ら、ライフワークとしてまちづくりに取り組んでいらっしゃいます。まちづくりに関わっているお医者さんって相当珍しいと思うんですけど、なぜそういった活動をするようになったのですか?

 

酒向:患者さんが病院でのリハビリを終えて退院したあとも、10年、20年と人生は続きます。その時間の流れのなかで調子が悪くなって動けなくなったら、一生懸命リハビリをがんばって回復した甲斐がなくなってしまう。では、どうすればいいか。
患者さんに元気でいていただくには、家に閉じこもっていてはダメなんです。

 

外に出て、その方なりに少しでも社会貢献をしていただくと、それが自信につながり、やがて生きがいになる。それは同時に、認知症の予防にもなるわけですね。

 

津田:なるほど。外に出て活動することで、身体だけではなく脳にも良い影響があると。

 

酒向:そういうことです。

 

津田:そんな思いからまちづくりに取り組み始めた酒向さんが手がけた事業のひとつに「ヘルシーロード」があります。これはどういうものなのでしょうか?

 

酒向:そこに出たら楽しく散歩ができて、なんとなく元気が出て人と挨拶や交流ができる──そんな場所があればいいなと考えつくった公共スペースです。そのひとつが東京の山手通り整備事業における「初台ヘルシーロード」で、山手通りの8.8キロにわたる大整備事業を東京都とおこないました。

 

津田:歩いてるだけで楽しい場所。なにか具体的な仕掛けはあるのですか?

 

酒向:山手通りの歩道を4メートルから9メートルに拡張し、光の帯になるような照明を設置し、24時間365日散歩ができる空間にしました。夜間も道を明るくし、障害者の方も安心して散歩ができるようにしたほか、人にやさしい地域色あるサインやベンチを置きました。なんとなくアーティスティックな感じがして、歩きたいな思っていただければと。いまは初台を含め、4カ所にあります。

 

津田:初台と二子玉川、そして練馬と富山にもあるということですね。

 

酒向:はい。

 

津田:すばらしい取り組みだと思います。まだまだ酒向さんに伺いたいことはたくさんあるのですが、そろそろ終わりの時間となりました。最後に、ご自身が病気で悩まれている方、あるいは重症の患者をサポートしている家族の方々に受けて、なにかメッセージがあればいただけますでしょうか。

 

酒向:私は常々、病気や障害に立ち向かうときには諦めないことが大切だと話してきましたが、その「諦めないこと」が苦しくなったらダメなんですね。肩の力を抜いて、毎日の小さな変化や幸せを見つけると楽しくなります。日々の何気ない生活に感謝して継続していく。継続することができれば、自ずと結果はついてくる。それがいまの私の考えです。

 

津田:無理にリハビリをがんばるよりも、楽しみながら長く続けることが大事だと。
ご自身の著書はどんな人に読んでほしいですか?

 

酒向:いま病気と戦っている患者さん、ご家族はもちろん、その方々を支える医療スタッフにも読んでいただきたいですね。

 

津田:酒向さんの著作『患者の心がけ 早く治る人は何が違う?』は、光文社新書から好評発売中です。本当に間口の広い本なので、今日の話を聞いて興味をもたれた方は、ぜひお手に取っていただければ。酒向さん、今日はどうもありがとうございました。

 

酒向:ありがとうございました。

 

▼酒向正春(さこう・まさはる)
1987年愛媛大学医学部卒業後、同大学脳神経外科学教室へ入局し、脳卒中治療を専門とする脳神経外科医となる。その後、病気の治療のみならず、患者の残存能力を引き出し回復させていくことの重要性を感じ、2004年脳リハビリテーション医に転向。2012年より世田谷記念病院副院長および回復期リハビリテーションセンター長を務め、豊富な経験と深い知見から高い成果をあげている。またライフワークとして「健康医療福祉都市構想」を提言、超高齢社会を見据え、高齢者や障害者、子育て世代を含めた全ての世代に、街なかでリハビリテーションを楽しめる優しい街づくりに尽力している。2017年3月より医療法人社団健育会 ねりま健育会病院院長を務める。

 

津田大介の「メディアの現場」vol. 302より転載
http://tsuda.ru/tsudamag/2018/05/11671/

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