遺恨にみちた過去を吹き飛ばしたエリザベス2世の言葉とは?
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東方神起のチャンミンさんがインスタで紹介したことでも話題の、韓国で43万部を売り上げる大ベストセラー・エッセイ、イ・ギジュ『言葉の品格』がついに日本で発売になりました。本書の読みどころをピックアップしてお届けします!

 

 

【大言炎炎】未来――過去と未来は同じ場所に息づく

 

2014年4月8日、アイルランドのマイケル・ヒギンズ大統領が国賓としてイギリスを訪問した。この日、ロンドン郊外にあるウィンザー城では、ヒギンズ大統領と英国女王エリザベス二世が列席する晩餐会が開かれた。雰囲気は落ち着いているというより、冷え冷えとしていた。ざわめき一つ聞こえなかった。晩餐会場に入場する人々の顔には、生まれる前からあったような深い不信と恨みが刻まれていた。

 

アイルランドとイギリスの歴史は、血の報復で綴られている。700年にわたりイギリスの支配を受けてきたアイルランドは、独立を勝ち取る過程で粘り強い武装闘争を繰り広げた。イギリスの対応は冷酷で無慈悲だった。アイルランド共和軍(IRA)と英国軍の衝突は、両国に無数の死傷者を出した。

 

葛藤の谷間を埋めようとする試みも、衝突の回数に劣らず頻繁に行われたが、そのたびに過去に足をとられた。

 

一方は過去と正面から向き合うことを強く望んでいたが、もう一方は過去を消し去りたいという欲求が強かった。

 

過去の扉を開こうとする側と、扉を完全になくしてしまおうという側の立場がぶつかり合った。交渉は何度も空回りした。双方とも現在の問題に集中できず、未来を開くことができなかった。

 

この日、晩餐会が始まるころ、アイルランドの副首相として参席した前IRA司令官が顔を見せると、雰囲気はさらに凍り付いた。彼が司令官として勤務していた当時、IRAの武装テロでエリザベス女王のいとこが命を失っていたからだ。

 

晩餐会の空気は重く沈殿した。何をもってしても、その血の色に染まった重苦しい空気を打ち砕けそうにはなかった。

 

静寂を破ったのはエリザベス女王だった。女王が乾杯の辞を述べるためにシャンパンの杯を掲げた。女王の言葉は杯に注がれたシャンパンのように透き通っており、飾るところがなかった。「みなさん、これからも私たちは過去を記憶することでしょう。ひょっとしたら永遠に。ですが、これからは過去が未来を壊すことを放置してはなりません。未来が過去に縛られるようなことはあってはなりません。いまこそ未来への扉を開くべきです。これこそが、私たちが後世に与えることができる最大の贈り物なのです」

 

「大言は淡淡としている」という言い回しがある[「大言炎炎」は荘子の言葉。炎炎は淡淡に同じ]。「淡淡」とは水の流れなどが静かで穏やかである状態を表し、力があり壮大なことを意味する。そうだ。大きな言葉には明らかに力がある。一方、小言はうるさいものだ。それは軽くて弱い。

 

この日、女王の言葉は大きくて力があった。女王の唇の間を通って出てきた文章は、晩餐会の会場の重苦しさを通り抜けて、ヒギンズ大統領の耳に到達した。ヒギンズ大統領が立ち上がってそれに応えた。「両国が進むべき道は、遠く険しいものです。にもかかわらず、必ず歩いて行かねばなりません。その道は永遠で創造的な和解の道だからです」

 

ヒギンズ大統領が着席するや、晩餐会の片隅から耳慣れない音楽が流れてきた。IRAの戦士たちが歌ったアイルランド民謡「モリー・マローン」が会場に鳴り響いた。

 

アイルランド民族の心を伝える音楽に、会場は水を打ったように静まりかえった。

 

この日以来、両国は歴史の一章に幕を閉じて、次の章へと移ることに同意した。未来のために手を取り合うことにしたのだ。

 

どの社会でも、どの時代でも、誰よりも大きな絵を描く人たちがいる。彼らの言葉には、将来を見通す眼力が感じられる。彼らは過去と現在にしがみつくことなく、冷静に未来を見通すことができるから、そうした品格ある言葉を駆使できるのだ。

 

スポーツ競技でもそうだ。すぐ目の前ではなく、未来の道を見通しながら走る人たちがいる。マラソン・ランナーだ。マラソン選手の使命は完走することだ。42.195キロの距離を走り抜いてゴールにたどり着くことが、彼らの存在理由だ。

 

マラソン選手は二時間以上にわたり平均時速20キロのスピードで走るが、粘り強く速度を維持するためにペースを調節する。

 

ある区間でスピードを出して走れば、別の区間ではスピードを落として、適度に体力を配分する。自分のリズムで他の選手のスピードについていく。

 

日常の会話でも、マラソン選手のようにペースを調節する人たちがいる。最初から全速力で走ってオーバーペースになることなく(つまり、無理な発言をせず)、コースの先を見通すように、他人よりもゆっくりした息づかいで話す人たち。あえて命名すれば、「マラソン話法」の持ち主とでも言おうか。先に述べたエリザベス女王がその代表格だ。

 

周囲を見ると、そういうタイプの人は過去にとらわれない。「自分も若いころには」などと言って、過去の業績を人前でひけらかすことはない。あらゆるアンテナを未来に向かって伸ばしているおかげで、ここぞというときに、自分の所属分野や組織でビジョンや目標をただちに提示できるのだ。

 

彼らの言葉は地面にじっとしておらず、空中にぽっかりと浮かんでいることが多い。それは軽いからではない。軍旗のように力強くはためいているからだ。

 

『明心宝鑑』には「欲知未来 先察已然」という言葉がある。「未来を知りたければ、まず過去のことを振り返らねばならない」という意味だ。

 

その通りだ。千年の知恵は間違いない。未来への教訓は過去から得ることができる。過去という巣の中で、未来という卵が孵化する。何よりも、過去について反省するということは、文明社会を築くための必要条件だ。

 

ただ、この一文の意味は、過去に拘泥すべきだという意味ではないはずだ。過去と現在と未来は、同じ空間に息づいている。現在を生きながら、その合間を見て過去という鏡を見つめねばならない。また、時には過去の鎖に縛られているために未来に進めないでいるのではないかと、自分を振り返ってみる必要もある。
過去は壁にもなるし、道にもなるのだ。

 

以上、イ・ギジュ『言葉の品格』(光文社)から抜粋、再構成して掲載しました。

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イ・ギジュ/米津篤八訳

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