日本で約120万人、 世界で約7000万人――吃音の知られざる世界
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bw_manami

2019/01/21

迷惑を顧みずに話し続ける人を邪魔する装置

 

 

2012年、ユーモアあふれる科学研究などに贈られるイグ・ノーベル賞に、迷惑を顧みずに話し続ける人を邪魔する装置「スピーチ・ジャマー(Speech Jammer)」を開発した、産業技術総合研究所研究員の栗原一貴さんと科学技術振興機構研究員の塚田浩二さん(肩書はいずれも当時)の日本人二人が選ばれました。

 

スピーチ・ジャマーは、トリガースイッチを押すと指向性マイクが話者の音声を拾い、約0・2秒の遅れを加えて指向性スピーカーから話者の声を流します。これによって相手のおしゃべりを阻害できるという仕組みです。

 

これは、スピーチ・ジャマーがDAF(聴覚遅延フィードバック=自分の話した声が少しだけ遅れて聞こえるようにする機械)を使用しているために可能となります。人間は、話をするときは単に発声を行うだけでなく、耳から聞こえた自分の声を脳で活用しているのですが、ここで耳から聞こえる自己の発声音を人工的に遅らせると、人はうまくしゃべることができなくなるのです。

 

ちなみに、この機械は話者のみに作用し、それ以外の周囲の人たちには無害であるといった特性を持っています。

 

ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは……、ぼ―――くは、………ぼくは

 

さて、このスピーチ・ジャマーという機械をわざわざ使用しなくても、話せることが当たり前とされるこの世の中で、日常的にうまくしゃべることができない人たちがいます。

 

それが吃音(きつおん)症の人たちです。吃音症の人は100人に1人の割合で存在し、日本では約120万人、世界では約7000万人もいると言われています。現在では、その人そのものを指す「どもり」という言葉は使われなくなりましたが、動詞の「どもる」という言葉を耳にするとイメージしやすい人も多いと思います。また、「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは……」と、最初の言葉を繰り返すのは小学生で多く見られる症状です。したがって、みなさんの中には小学校時代のクラスメイトに吃音のある人がいた記憶のある方もいらっしゃるかもしれません。

 

吃音は、この、最初の語を繰り返す「連発」(ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは)と、最初の言葉を引き伸ばす「伸発」(ぼ―――くは)と、言葉が強制的に発話阻害される「難発」(………ぼくは)の三種類があります。

 

吃音はその人に原因がある?

 

九州大学病院の耳鼻咽喉・頭頸部外科助教として、日本で数少ない吃音外来も行っている医師の菊池良和さんは、この1月、自らの吃音体験を中心に綴った『吃音の世界』(光文社新書)を上梓しました。

 

菊池さんは現在も吃音の症状があります。吃音が始まったのは幼少期で、そのことで、人に笑われたり、注意されたり、怒られたりといったことを繰り返してきました。そして、吃音があること自体、悪いことで恥ずかしいことだと思っていたと言います。そして中学一年生のとき、次のように心に決めたそうです。「吃音の悩みから解放されるには、医師になるしかない」と。

 

吃音は、古くからその人個人に原因や問題があるとされてきました。

 

菊池さんが医学生だった当時、菊池さんは吃音のあったある先輩に、「私は将来、医師になりたいと考えていますが、医師として、吃音に対して何かできることはあるでしょうか?」と尋ねました。するとその先輩は、「医師は、吃音に対しては何もできない」と答えました。

 

当時は、吃音の相談で病院に行くという発想がほとんどなかったころでしたが、それを聞いて、菊池さんはとても残念な気持ちになったと言います。そして、「たとえ医師になれたとしても、私にはいったい何ができるのだろうか」と途方に暮れることになります。

 

しかし、その後、あることがきっかけで全国の吃音者と交流を深め、「吃音で悩んでいるのは私一人だけではなかったんだ」と気づくことになります。

 

詳しくは上述の本を読んでいただければと思いますが、このように、吃音者は数多くの「生きづらさ」を抱えて人生を送っているのが特徴です。

 

吃音をめぐる状況の変化

 

近年、吃音をめぐる状況に変化が生じています。『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(押見修造、太田出版、2012年)という、吃音のある女子高校生を描いた漫画があります。吃音症のある人が、自分の名前を言うときに強制的に発話阻害されることが細かく描写されているのですが、吃音症のある人の悩みに共感の輪が広がって2018年には映画化されるなど、大きな注目を集めたことは記憶に新しいところです。

 

また、菊池さん自身、最近、様々な病院から「この数年、吃音の相談が増えているのですが、どのように対応すればいいのでしょうか」という問い合わせが増えているそうです。また、菊池さんご自身の外来でも、吃音者、もしくは吃音のあるお子さんを持つ親御さんがお子さんと一緒に来院されることが増えていると言います。

 

コミュニケーションや人間関係で悩んでいる人にも本書の「まえがき」で、菊池さんは次のように述べています。

 

現代は、「医師は、吃音に対して何もできない」時代ではありません。本書では、吃音者として悩んできた私自身の体験を述べながら、吃音者はどのような場面で、どのように苦労しているのか、吃音の発症の原因は何か、吃音治療の歴史と現在、そして吃音外来で接した多くの患者さんの例も交えて、医師の立場で吃音について綴っていきたいと考えています。また、それだけでなく、多様性が叫ばれるようになった時代に、コミュニケーションや人間関係に悩んでいる人たちにとってもヒントとなるようなものも目指しています。

 

以上、『吃音の世界』(菊池良和著、光文社新書)の内容を一部改変してお届けしました。

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吃音の世界

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菊池良和(きくちよしかず)

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