現役看護師の僧侶が語る、「死の1か月前」頃から起こる3つのこと
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死の間際、人の体と心はどう変わるのか?現役看護師の僧侶が、平穏で幸福な死を迎える方法と、残される家族に必要な心の準備を記した光文社新書『死にゆく人の心に寄りそう』(玉置妙憂著)が刊行になりました。刊行を記念して、『死にゆく人の心に寄りそう』の一部を公開します。玉置さんが語る「医療と宗教の間のケア」とはどのようなものなのでしょうか?

 

 

1)血圧や心拍数、呼吸数、体温などが不安定になる

 

死までの期間が1か月を切ると、しだいに体のバランスが崩れて、血圧や心拍数、呼吸数、体温などが不安定になります。

 

私たちの体は、ホメオスタシス(恒常性)を保つために非常な努力をしています。恒常性とは、体の内外の環境が変わっても一定の状態を保つことです。たとえば体温は、冷たいものを飲んでも熱いものを飲んでも、寒くても暑くても、36度前後に保たれています。心拍数や呼吸数なども、運動をすれば増えますが、じきに元に戻ります。私たちが一個の独立した生物として生きていくには、恒常性を保つ必要があり、恒常性を保てることが、すなわち生命力がある証拠です。

 

着地態勢に入った人には、恒常性を保つだけの力が残されていません。そのため血圧、心拍数、呼吸数、体温などが、これといった原因がなくても上がったり下がったりして、しかも振り幅が大きいのです。

 

その影響を受けて、体にも変化が表れます。たとえば、暑くもないのに、肌に触れるとベタッとしていることがあります。これは、血圧が急に下がって冷や汗をかいているのです。私たちの場合、急な冷や汗はなにかしらのトラブルが原因で起こることが多いのですが、そのような特別な原因がなくても、血圧が下がって冷や汗が出るのです。

 

また、肌や爪、手足の血色が悪くなり、黄色っぽくなったり青白くなったりします。これは、血圧が下がって体の隅々まで血液が回らなくなったことと、呼吸機能が落ちてガス交換がうまくいかず、酸素を十分に取り込めなくなったことが原因です。酸素を十分に取り込めないと、酸素と結合した鮮赤色のヘモグロビンの割合が減り、酸素と結合していない暗赤色のヘモグロビンの割合が増えて、血液が真っ赤ではなくなります。そのため肌や爪が黄色っぽく見えたり、手足の先が青白くなったりするのです。

 

さらに、飲み込む力が弱くなって、液状のものも飲み込みにくくなります。食欲はなくても液状のものなら飲むことができていたのが、それもできなくなっていくのです。

 

これらはすべて、着地点に向かう人にとっては自然なことですが、健常者に同じことが起これば緊急事態です。そのため、血圧が急に下がったり水が飲めなくなったりすると、「たいへんだ、なんとかしなくては!」と慌てて、救急車を呼んでしまうことがあります。救急車で運ばれれば、昇圧剤や水分などを点滴されます。

 

昇圧剤を点滴すれば血圧は保てますが、その効果は永遠ではありません。体の変化に抗あらがえず、やがて血圧はまた下がり、心停止に至ります。水分の点滴は、着地点に向かっている人にとっては、効果よりも負担の方が大きくなってしまう場合があります。臓器の機能が落ちているため、入れた水分が吸収できずに溜まっていき、体がむくんでしまうのです。

 

2)痰が増え、しばらくすると元に戻る

 

亡くなる2週間から1週間ほど前になると、痰が増えてゴロゴロ音がします。痰が口から溢れるほどの場合には、必要最小限の吸引をしますが、そうでなければ何もしなくても、2、3日で自然に痰は消えます。ただし、点滴をしていると痰はどんどん増えていきます。

 

人によっては、亡くなる数日前から数時間前に、痰が増えてゴロゴロ音がすることがあります。これを「死前喘鳴」(しぜんぜんめい)と呼びますが、痰の増加が起こる時期の違いであり、現象としては2~1週間前に起こる痰の増加と同じです。

 

私たちの気管は、粘液で被われています。呼吸によって取り込まれたほこりや細菌などの異物をキャッチするためですが、一方、粘液が流れ落ちて肺に入ると肺炎を起こします。そのため、気管には線毛と呼ばれる細かい毛がたくさん生えていて、それが運動して粘液と異物を喉の方に押し出しています。これが痰ですが、線毛運動がこの頃になると弱まってくるため、外に出せなくなって痰が溜まるのです。

 

痰が絡んでゴロゴロ音がしたりすると、私たちは「苦しいだろう」と思って心配になりますが、実は本人はそうでもないようです。

 

通常であれば、痰が増えるのは、細菌やウイルスに感染したときです。細菌やウイルスは私たちにとって異物ですから、感染して増殖すると、それを体の外に出そうとして痰も増えます。感染による炎症も起こっていますから、喉が痛いし咳も出ます。それで苦しいのです。

 

ところが、着地点に向かう人の場合は、細菌やウイルスに感染しているわけでも、炎症が起こっているわけでもありません。線毛運動が弱まって、溜まった粘液がゴロゴロしているだけです。そのため、端から思うほど本人は苦しくないと言われているのです。

 

この痰は2、3日すると自然に消え、元の呼吸に戻ります。線毛運動が弱まった、それまでよりも低いレベルで、調子が整ったのだと考えられます。

 

ただしこのとき、点滴を入れていると、いつまで経っても痰が消えません。痰の材料は水分だからです。点滴を入れることでどんどん材料を供給しているのですから、痰も無尽蔵に作られます。そうなれば、痰を吸引せざるを得ません。ところが、吸引するための器具を気管に入れることで、さらに痰が増えてしまいます。器具は気管にとって異物ですから、排出しようとして痰を増やすのです。この悪循環に陥ると、最初は1時間に1回の吸引でよかったのが、30分に1回になり、10分になり、5分になりと、最後は痰との戦いになってしまいます。

 

3)夢か現かわからない不思議な幻覚を見る

 

この頃になると、1日のほとんどを眠って過ごすようにもなります。そして、夢とも現ともわからない不思議な幻覚を見たり、意味のない体の動きをしたりします。意味のない体の動きとは、暑いわけでもないのに、布団を掛けても掛けてもはいでしまう、というような動きです。不思議な幻覚とは、亡くなった家族や実在しない人と会ったり、知らない場所に行ったりしたことを、現実のようにリアルに体験することです。

 

「亡くなったお母さんが川の向こうで手を振っていた」というような、俗に”お迎え現象”と言われる類の話も多いため、それを聞かされると家族は「縁起でもない」とか、「何バカなことを言ってるの」などと否定してしまいがちです。言われた自分の気持ちがザワザワするからです。けれども本人にとってそれは、縁起でもないことでもバカなことでもなく、ごく普通に”体験した”こと。否定せずに、本人の世界を認めながら聞くことが大切です。

 

病棟にいた頃、私も患者さんから不思議な話をよく聞きました。あとから数えれば、亡くなるまで3週間を切っていた患者さんに、「毎晩、船が来る」という話を聞いたこともありました。毎晩、毎晩、船が来て、船頭に「乗せてくれ」と言うのだけれど、いつも乗せてもらえない。船が空なのに乗せてもらえない、と言うのです。

 

医学的には、このようなお迎え現象は、脳が酸欠になっているために見る幻覚だとされています。亡くなるまで1か月を切る頃には、ガス交換がうまくいかず、慢性的な呼吸不全に陥る場合があります。そのため、体内では酸素が不足してきます。体内で最もたくさん酸素を使うのは脳ですから、脳が最初に酸素欠乏に陥ります。そして、酸欠になると脳は幻覚を見るのです。それは、高山病になると幻覚を見ることなどからもわかっています。

 

ただ、このように科学的な説明はつくのですが、いろいろな患者さんの話を聞くと、それだけでは説明がつかないことがあるような気もします。

この記事の書籍

死にゆく人の心に寄りそう

死にゆく人の心に寄りそう医療と宗教の間のケア

玉置妙憂(たまおきみょうゆう)
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