「山をやめたいなと思ったとき、帰る場所」登山家・平出和也×作家・馳星周(3)
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「厳しく、辛い。でも山は最高!」対談 全3回

 

撮影・馳星周氏

 

作家・馳星周氏は8年前から登山を始め、地元・軽井沢の浅間山から八ヶ岳、燕岳、常念岳、白馬岳、奥穂高岳など日本各地の名峰へカメラを手に登り、その美しい山容を撮影し続けている。

 

登山家にして山岳カメラマンの平出和也氏は、2008年に登山界のアカデミー賞といわれるピオレドール(金のピッケル賞)を日本人として初めて受賞し、2018年には同賞の2度目の受賞を果たしている世界的クライマー。三浦雄一郎氏の「80歳エベレスト登頂」もカメラマンとして同行し、NHK「グレートトラバース百名山一筆書き」の撮影も平出氏の仕事だ。

 

世界的に評価されながら更に挑戦的な活動を続ける平出氏に馳氏からのラブコールが届いての対談実現となった。会話は意外にも「寂しがり屋」という話題から始まり――。初対談を3回にわたりお届けします(2018年12月6日収録)

 

「課題を見つける嗅覚」

 

――K2はまた行かれるんですか。

 

平出 いつかまた行きたい山です。あと1、2年はしっかりとよそでトレーニングして。あんなに「いい壁」の「いいライン」がまだ残っているのか、と思いますから。

 

 見たら登りたくなる壁なんですね。

 

平出 山を見てると何となくラインを探している自分がいるんですね。

 

 ああ、ルートを。

 

平出 安全にと言うか、それでいて美しいラインって……。

 

 美しいライン! 俺たちには全然分からん世界(笑)。

 

 

平出 正直言って、単純にテクニックだけで言えば、僕以上に登れる人って日本人にもいっぱいいるし海外にはもっといっぱいいるわけです。でも僕がちょっと優れているなと思うのは、人が気づいていない課題を見つける嗅覚、たぶんそこなんだと思うんです。もちろん実行する勇気も必要ですが。いくらテクニックだけあっても、そういう課題が見つけられなければそれを発揮できないじゃないですか。そのバランスがいいのかなとは思っています。登山でいま重要なのは課題を見つける能力――そういう場所を探す嗅覚が登山家も必要だし、ビジネスでもそうかもしれませんね。人がやったことのないことを見つけようとしたらその嗅覚は必要だと思います。その見つけた課題を、もしかしたら僕は途中までしか登れないかもしれない。でも世代を超えて20年後くらいに若いクライマーがそこを登ってくれたら、僕は若い世代にいいテーマを与えることができたと思えますね。

 

 そうだね。エベレストだって最初はみんな登れなかったわけですものね。

 

平出 この前、2度目のピオレドールをいただいた時、ポーランドで授賞式があって、シスパーレに初登頂したレシェック・チヒさんというポーランド人の方が僕たちにトロフィーを渡してくれて。

 

 へえー。

 

平出 その方は40年前に登ってるんです。僕たちに言ってくれた言葉が「40年前に僕たちが登った山に、いま世代が変わってテクニックも変わって、こんなラインから登ってくれてありがとう」って。チヒさんにとっても自分のことのように喜んでくれて。

 

 

 その方にとっても自分の山なわけですね。

 

平出 そうですね。そうですね。

 

 それがまたこうやって脚光を浴びるんだから、それは嬉しいと思いますよ。もう世代が全然違って、装備もテクニックも違うから、ああ、やっぱりあそこから登る者が現れた、と思うんでしょうね。

 

平出 時代が変わったと思うんでしょうね。それと同じようにもしK2で僕が見つけた課題を登れなかったとしたら、たぶんいずれ誰かが。

 

 いずれ誰かが登りますよね。

 

平出 だからそのくらいのプロジェクトに僕は挑戦したいなと思っています。自分ができなくても未来の誰かがやってくれるような。未来に影響を及ぼすような最初の一歩を踏み出したいなという。そういう可能性が山にはある。決まったルールはない。

 

 ないです。ルールは生きて帰ってくることだけですよね。

 

撮影・馳星周氏

 

「挑戦する山が心の拠り所に」

 

平出 そうですね。――今日ここに来る前に図書館でコピーをとってきたんですが。(コピーを取り出して広げる)これはティリチミールというパキスタンとアフガンの国境にある山です。最近まで許可が出なくて、来年くらいに許可が出そうだって情報があって。

 

パキスタンの山・ティリチミールの写真を見ながらこれからの登山計画を語る。

 

 そういう政治的な問題も出てくるんですね。

 

平出 ダメ元で申請だけ出しているんですが実際いけるかどうかは分かりません。ティリチミール自体はけっこう登られているんですが、北壁はまだ誰にも登られていない。こういう山のでっかい壁はまだまだ残されている。

 

 こういうリサーチから始まるんですね。――すみません。ちょっと話が戻るんですが、陸上部やめて山岳部に入って最初に海外の山でこれに登ってみたいと思ったのはどんな山ですか。

 

平出 あ、それがシスパーレかもしれないですね。

 

 そうなんですか。

 

平出 最初に未踏峰に行くんです。大学の山岳部に入ってOBと現役で既に遠征隊が用意されてたんです。僕はそれに乗っかって初めて遠征に行ったんですけど、7000メートルの未踏峰で、その後もっと高い8000メートルに行きたくなって、学生2人でチョ・オユーという8201メートルの山に行くんです。でも、僕は陸上やめてグラウンドの外に出たのに、気づいたら世界から登山隊がいっぱい来ているところにいて、ルートには人がいっぱいいて、何故か目の前を歩いている登山家を抜いている自分もいたんです(笑)。これっていままでやってきた競技スポーツと変わらないなと思って、それで僕は行ったことのないパキスタンを調べ始めたんです。僕は山をやりたいと思っているけど登りたい山を知らないだけなんじゃないかと考えて。ならば、まず山を探そうと。それで大きな地図を広げて、線を引いて、人が歩いていないところ、空白部分が何で空白なのかを確かめようと。単純に気づいてないのか、地形的に難しいのか、気象的な問題なのか……そうやって見つけたのがシスパーレだったんです。それで何年かたってから1回目に行って、最終的に登れるまでに15年かかりましたけど。その間にいろんな山を登ってまして、その全てはシスパーレに登るためのトレーニングだったのかなと。

 

撮影・馳星周氏

 

 ああ、なるほどねえ。

 

平出 シスパーレは、この山に挑戦するんだって感じの山だったのですが、僕が山で遭難したり大きな事故に遭ったりして山をやめたいなと思って立ち止まった時に、帰るような場所になっていたんですね、いつの間にかシスパーレが。あの山に帰れば、何かまた新しいことや、自分に何が足りないかを教えてくれるんじゃないかって、そんなことを期待して行くような山に変わっていたんです。昔は制覇したいと思っていた山が、心の拠り所になっていたんです、今から考えると。

 

 今から考えると、そうですよね。――ああ、今日は楽しかったです。ありがとうございました。

 

平出 こちらこそありがとうございました。

 

 

【チベット・ルンポカンリ登山動画】

 

 

平出和也・ひらいでかずや
1979年長野県生まれ。アルパインクライマー、山岳カメラマン。2008年インド・カメット峰に新ルートから登頂し、登山界のアカデミー賞といわれるピオレドール(金のピッケル賞)をパートナーの谷口けいとともに日本人として初受賞。2017年植村直己冒険賞受賞。2018年、前年に達成したパキスタン・シスパーレ北東壁未踏ルート登攀の功績でパートナーの中島健郎とともに2度目のピオレドール受賞。現在、(株)ICI石井スポーツ登山本店所属。

 

馳星周・はせせいしゅう
1965年北海道生まれ。編集者、フリーライターを経て、1996年『不夜城』(KADOKAWA)で小説家としてデビュー。翌年に同作品で吉川英治文学新人賞、日本冒険小説大賞を受賞。’98年『鎮魂歌 不夜城Ⅱ(KADOKAWA)』で日本推理作家協会賞、’99年『漂流街』(徳間書店)で大藪春彦賞を受賞。ノワール小説の旗手としてベストセラーを連発する。近年は歴史小説『比ぶ者なき』(中央公論新社)や犬をテーマにした『ソウルメイト』(集英社)など作品の幅を広げ、山岳冒険小説『蒼き山嶺』(光文社)も好評。軽井沢在住。

 

蒼き山嶺』馳星周/著
警察から追われ、刺客に命を狙われながら、白馬岳を越えて日本海を目指す――。
山岳冒険小説の新たな傑作!

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