前明石市長・泉房穂が「やさしい社会を明石から」と思うようになった理由
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子育て支援による子ども増・人口増・税収増で注目されている兵庫県明石市。「子どもを核とした街づくり」の中心となっていたのが、前市長の泉房穂氏です。

 

過去の発言から「暴言市長」として問題となり先日辞任をされましたが、泉氏は明石市長としてどのような思いで、数々の政策を実行してきたのでしょうか。

 

泉氏と社会活動家の湯浅誠氏が、藻谷浩介氏や村木厚子氏、さかなクンなど様々なゲストを迎えて論を交わした光文社新書『子どもが増えた! 明石市人口増・税収増の自治体経営』の刊行を記念して、泉前市長による「あとがき」の一部を特別に公開します。

 

 

◆私が「やさしい社会を明石から」と思うようになった理由(泉房穂)

 

私には、4つ違いの障害のある弟がいます。45年前、小学校入学を前にして、弟は遠方にある養護学校に通うように言われました。歩くのが大変なのに、それを理由に遠くの学校に行けと言う。なんと理不尽なことを、と強い憤りを覚えました。両親の懸命の交渉により家の近くの小学校に通えることにはなりましたが、「家族が登下校に責任を持つこと」と「何があっても学校を訴えないこと」という2つの条件がつきました。

 

両親は仕事があるので、兄である私が、自分と弟の2人分の教科書をランドセルに詰めて通学しました。学校に着いてから弟のランドセルに教科書を戻す日々、普通に歩けないのは弟の責任じゃない、家族の責任でもない、それなのに社会はこんなに冷たいのかと悔しくて腹立たしくて、こんな社会は間違っていると思いました。

 

支援を必要としている人がいるのに、「泣いている人がいますよ」と言って立ち去るような社会ではなく、助けが必要なときには支え合える社会に変えたい、それを自分の力でやり遂げたい、という信念のような思いを抱きました。

 

その思いを持ち続け、ふるさと明石でやさしいまちづくりを具現化したいと考えて市長になりました。「子どもにやさしいまちは、みんなにやさしいまちになる」と訴え、子ども・子育て分野をはじめとした重点的な施策展開を進めて8年近くが経ちました。

 

自治体がしっかりと責任を果たせば、地域のよさを生かした形でまちを発展させていくことができると信じ、市民一人ひとりのニーズに向き合ってきた成果は、次第に数字として表れ、まちの気運も高まってきました。市長として歩んだ2期8年を振り返ると、少しは進んだと思う部分もありますが、まだまだスタートを切ったばかりだという思いもあります。

 

私が掲げる「やさしい社会を明石から」というメッセージには、国を待つことなく、市民に近い基礎自治体として明石から「始める」という意味と、「あの市長だから……」と言われるような施策ではなく、全国どこででも展開できる当たり前のプランを明石から「拡げる」という意味の、2つを込めています。いわば「誰も排除しない」政策をメインストリームに据えることが、空理空論ではなく実現可能であることを感じていただき、明石の実践が持続可能な普遍的施策として全国に拡がっていくことを切に願っています。

 

私は長い歴史の中でリレーの一走者として、今の時代に必要なことをしているつもりです。一人で走っているわけでも、一人で走り切れるわけでもありません。明石市民のみなさん、また、市民の代表である明石市議会議員の方々には、私とともに未来の明石を見て、前進してくださっていることにいつも感謝しています。そして、私のビジョンを実現してくれている明石市役所の職員にもこの場をお借りしてお礼の言葉を伝えたいと思います。

 

2019年1月 明石市長 泉房穂

 

◆「暴言市長」のもう一つの「顔」(湯浅誠)

本書の編集作業が終わり、今日印刷所に回すというその段階になって、とんでもない話が発覚しました。

 

泉市長が市職員に暴言を吐いていたというのです。2017年6月、道路拡張工事に関して交渉担当だった市職員を叱責する中での暴言で、泉市長も発言を認めて謝罪しました。
問題になった発言は以下です。

 

職員 「(立ち退き対象だった建物の)オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」

 

市長 「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」

 

職員 「金額の提示はしていない」

 

市長 「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22(2010)年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」

 

職員 「すいません」

 

市長 「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火付けてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

 

(中略)

 

市長 「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって。ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。(担当者)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

 

(2019年1月29日・神戸新聞NEXT)

 

発言は「火付けてこい」など犯罪強要とも受け取れるもので、どんな事情があれ、許されるものではありません。本書の中で、市長は「排除される人の気持ちがわかる」旨の発言をしていますが、その信用を根底から覆す事件でした。

 

これでは「他人の痛みがわからない市長」と評価されても致し方ありません。

 

本書は子どもを大切にする明石市の姿勢を評価するものですが、子どもに対してだけでなく、市職員に対しても、人としての尊厳を考慮した対応ができなければ、市長の唱える「やさしいまちを明石から」というスローガンは、空虚に響きます。

 

事件の発覚を受け、丸一日、出版を予定通りに行うかどうか、本当に悩みました。これまでの明石市の取組みを評価する意図からつくった本書ですが、この事件の後では市長のこれまでの努力も成果も割り引いて見られることは避けられません。市長と明石市のこれまでの成果を評価されてきた6人の識者の方々や、市長との座談会に応じてくれた住民のみなさんが、批判に巻き込まれてしまうのではないかとの懸念もあります。本当にそのような状況下で、この本を世に送り出す意味があるのか……。

 

それでもこうして出版に至ったのは、「人」も「まち」も「多面的」だからとつくづく思ったためです。

 

市長が暴言を吐いたことも事実なら、「子どもを核としたまちづくり」を進めてきたことも事実です。今回発覚した事件をなかったかのように振る舞うことは論外ですが、一方を以て他方の事実を消すのも、またフェアではないと思いました。信じられないような暴言を吐いたことも市長の一面なら、子どもを増やし、税収増・人口増を達成したのも同じ市長の一面です。私は、市長の前者の一面を批判し、後者の一面を評価します。

 

本書の中で、市長は繰り返し「誰かが排除されるとしたら、それは自分だ」と述べています。暴言事件の後では、にわかに信じられない言葉ですが、それは障害をもった弟さんの経験に由来している、と市長は本書の「あとがき」で述べています。私はこの「あとがき」で初めて知りましたが、ここで示されている市長の気持ちは、私自身、3つ違いの障害のある兄がいる者として、共感する部分があります。市長が小さいころに感じた「強い憤り」は、今の明石市の子育て支援策や障害者施策につながっているのでしょう。今回の暴言事件の背景にある安全対策への思いも同根なのかもしれません。

 

今後はその気持ちを、部下として弱者である市職員にも向けていただきたいと願います。十分な仕事をしてくれない部下に対しても「やさしく」するのは、しんどく、難しいことでしょうが、「しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ」とは市長自身の言葉です。

 

「これだけいいこと言いながら、あんな暴言を吐いて信用できない」と思うか、「発した言葉は許せないけど、こんな一面もあるんだ」と思うか、判断は本書を手に取って下さった読者のみなさんにお任せします。

 

私も欠点だらけの人間なので、偉そうなことを言える立場ではありませんが、今回のことでしみじみと、パーフェクトな人間はいないのだな、と思いました。

 

生涯をかけて、少しずつ長所を伸ばし、少しずつ短所を直していくこと。

 

そういう成長を経て、何か良いものを次の世代に残していくことが、「人」にも「まち」にも必要なのだろうと感じています。

 

2019年1月30日早朝 湯浅 誠

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