神はサイコロを振らない?――宇宙はなぜブラックホールを造ったのか(4)
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bw_manami

2019/02/25

重力崩壊の行く末

 

星などの天体が、自分自身の重さに耐えきれず、その重力によって縮んでいく。これは重力崩壊と呼ばれる現象です。

 

星が縮んでいくと聞くと、星を作っている物質が星の中心に向かって落ち込んでいくことをイメージすると思います。しかし、一般相対性理論ではそう考えません。物質が落ち込んでいくのではなく、時空が落ち込んでいくのです。つまり、あくまでも「物質=時空の歪み」だということです。

 

そうすると、重力崩壊の意味合いが違ってきます。結局、重力崩壊は時空が縮んでいくことに他ならないからです。この時空の縮む速度が光の速度を超えたらどうなるでしょうか? 当然のことながら、その場所から光(電磁波)が私たちに届くことはありません。つまり、色は黒。そこがブラックホールになったのです。

 

歴史を紐解くと、一人の天才の姿が浮かび上がります。その人の名前はカール・シュバルツシルト(1873-1916)。ドイツの物理学者です。彼はアインシュタインの重力場方程式の解を最初に求めた人です。しかも、その研究を行ったのは第一次世界大戦の戦場だというから驚いてしまいます。彼は戦場で重い病を患って祖国に帰還したものの、あえなく他界しました。第一次世界大戦の戦火に消えたといってもよい悲しい出来事です。

 

しかし、幸いにも彼の求めた方程式の解は残りました。その解は、星が重力的に崩壊し、光が脱出できなくなる状況を示していました。それがブラックホール解だったのです。この偉大な業績にちなみ、光が脱出できなくなる速度が実現する半径は「シュバルツシルト半径」と呼ばれるようになりました。

 

シュバルツシルトの得た解は、質量があるだけの天体が重力崩壊した場合に適用できます(シュバルツシルト解)。この場合、シュバルツシルト半径より中のことは何も分かりません。情報(光)が出てこないからです。そのため、シュバルツシルト解の場合のシュバルツシルト半径は、事象の地平線(あるいは地平面)と呼ばれます。この用語は、米国の物理学者ウォルフガング ・リンドラー(1924-)が1956年に初めて用いたものです。

 

シュバルツシルト半径のところでは、何が起きているのでしょうか。

 

一般相対性理論は時空の物理学です。時間1次元と空間の3次元が協力して、4次元の世界での出来事を決めています。重力が強くなるということは、時空の歪みが大きくなることを意味します。そのため、重力の強いところでは、時間の進み方が遅くなるという性質が出てきます。

 

ブラックホールに近づいていくと、だんだん時間の進み方が遅くなる。そして、シュバルツシルト半径の場所に達すると、ついに時間が止まる。そのため、そこでは光が止まっている。だから、光はそこから出てこられないことになるのです。

 

なお、「時間が止まる」という意味で、ブラックホールは凍結星(凍った星、フローズン・スター)と呼ばれていた時期もあります。

 

結局のところ、一般相対性理論でのブラックホールは

 

・空間的に閉じた、事象の地平線の内部

 

を意味します。隔絶された世界。まさに、“空間にぽっかり空いた穴”に他なりません。

 

神はサイコロを振らない。だが、宇宙はサイコロを振っている

 

では、シュバルツシルト半径、つまり事象の地平線(あるいは地平面)を超えた先はどうなっているのでしょう。これは気になる問題です。

 

重力崩壊は時空の崩壊を意味します。したがって、時空そのものはシュバルツシルト半径内に入っても縮み続けることになります。もし、その時空が球対称の空間であれば、行き着く先は決まっています。球の中心です。そこにすべての時空(物質)が落ち込んで行くことになるので、予想されることは密度が無限大になることです。その場所を“特異点”と呼びます。

 

ブラックホールの基本構造 Schwarzshild radius:シュバルツシルト半径、Event Horizon:事象の地平線(あるいは地平面)、Singularity:特異点。(出所:ウィキペディア)

 

物理では特異点は嫌われ者です。球の中心は点であり、体積がありません。密度は質量を体積で割ったものなので、当然、無限大になってしまいます。この性質で、「空間的特異点」と呼ばれます。一方、空間の曲がりも無限大になっています。したがって、時間的な意味で用いるときは「時間的特異点」と呼ばれます。問題は、果たしてそのような場所があるのかどうかということです。

 

答えは「特異点は存在する」ということです。これを“ペンローズ―ホーキングの特異点定理”と呼びます。1970年に論文として発表されました。ペンローズはロジャー・ペンローズ(1931-)のことで、英国の物理学者であり、数学者でもある多才な人です。この特異点定理の導出は少し変わっています。それは“背理法”と呼ばれる証明方法が採用されているからです。

 

ある命題Aがあるとしましょう。その命題が偽であると仮定します。こう仮定すると、矛盾が出てくることを示すのです。矛盾が出てくれば、仮定が誤りであることがわかります。
これを特異点に当てはめてみましょう。命題は「特異点は存在する」です。この命題が偽であると仮定する。つまり、「特異点は存在しない」と考えることになります。そうすると矛盾が出て来るのです。したがって、仮定が誤っていたことになるので、命題「特異点は存在する」は正しいことになります。これが背理法のやり方です。

 

現代の物理学では「特異点は存在する」ことを正面切って証明することは不可能です。そのため、背理法が採用されたのでし。しかし、根本的な問題は解決されていません。なぜかといえば、特異点定理はまだ古典物理学の範疇で考えられているからです。特異点はまさに点であり、極微の世界にあります。極微の世界に対しては、古典物理学は役に立たないのです。

 

このとき、量子力学がどうしても必要になってきます。ところが、相対性理論と量子力学を統一して扱える理論はまだできていません。量子重力理論と呼ばれるものですが、この理論が完成したときに、初めてブラックホールの特異点が物理的に正しく理解されるようになるでしょう。

 

量子重力理論の完成は相対性理論と量子力学の結婚を意味します。ところが相対性理論の創始者であるアインシュタインは量子力学を受け入れることなく他界しました。

 

量子力学では、つまり原子レベルのスケールになると、すべての物理量が揺らいでいます。位置も、速度も、エネルギーも、時間もです。これらの物理量は確率でしか議論できないのです。アインシュタインはこれを嫌ったのです。

 

「神はサイコロを振らない」――。アインシュタインが残した有名な言葉の一つです。しかし、宇宙はサイコロを振っているようです。なぜなら、量子力学は正しく機能し、私たちの実生活でも役に立っているからです。ただ、完成しているかどうかはわかりません。

 

 

以上、『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(谷口義明著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。

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宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

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谷口義明(たにぐちよしあき)

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