ブラックホールはほんとうに存在するのか?――宇宙はなぜブラックホールを造ったのか(6)
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bw_manami

2019/02/27

 

バカげた話?

 

 1915年、戦火の中、シュバルツシルトはアインシュタイン方程式のブラックホール解を見つけました。しかし、その彼も重力崩壊してブラックホールになるような天体はこの宇宙にないと考えていました。天体は原子からできており、当然のことながら圧力で天体を支えています。つまり、ある天体が重力収縮していっても、どこかで天体の圧力によるブレーキがかかり、完全に崩壊してしまうようなことは起こらないだろうと考えていたのです。じつは、アインシュタインもまったく同じ意見を持っていました。

 

 一方、天文学の方では、当時はまだ恒星物理学そのものが研究対象でした。恒星のエネルギー源や内部構造などの基本的な研究に、多くのエネルギーが費やされていた頃だったのです。恒星が重力崩壊することなど、当時は興味の対象外でした。そのため、当時の天文学の大御所たちも「恒星の重力崩壊などは馬鹿げた話だ」というレベルの反応を示すに留まっていました。その大御所の一人とは、アーサー・エディントン卿(1882-1944)です。

 

 そもそも、恒星が重力収縮していき、密度が高くなって原子同士が極端に近づくような状況は当時の物理学では扱えませんでした。量子力学の助けが必要でしたが、量子力学が体系的に理解され始めたのは1925年以降のことです。天体の重力崩壊については、まだ手探りの状況が続いていたのです。

 

重力崩壊星――コラプサー

 

 しかし、量子力学の台頭と共に、密度の高いコンパクトな恒星の理解が少しずつ進んでいきました。それが、白色矮星と中性子星です。そして、1939年、ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)とハートランド・スナイダー(オッペンハイマーの学生。生年と没年は不明)が、ついに重力崩壊する恒星があることを突き止めたのです。ちなみに、オッペンハイマーはマンハッタン計画の科学的リーダーとしも有名です。マンハッタン計画は米国、英国、カナダが協力して第二次世界大戦中、原子爆弾の開発・製造を行った計画です。

 

 彼らは太陽質量の25倍の質量を持つ大質量星の最後の進化を理論的に調べてみました。このような大質量星は超新星爆発(II型超新星爆発と呼ばれる爆発)を起こして死にますが、恒星のコア(中心部にある密度の高い領域)の部分は爆縮して、重力崩壊へしていきます。コアの質量は太陽質量の2倍から3倍程度ですが、爆縮で1800億 kg cm−3以上の高密度になります。

 

 このような高密度になると、いかなる圧力も重力崩壊を止めることはできません。そのため、行き着くところまで崩壊していくのです。その行き着くところがブラックホールというわけです。

 

 ところで、そのような恒星は“重力崩壊星”、あるいはコラプサーと呼ばれました。“崩壊”は英語で collapse というので、“崩壊するもの”という意味で collapsar という言葉が用いられたのです。

 

 ブラックホールという言葉が定着し始めたのは1967年のことでした。それまでは、コラプサーの他にも、凍結星という名前もありました。ちなみに、1967年はオッペンハイマーの没年でもありました。

 

 量子力学が世に出る前は忌み嫌われていたブラックホールでしたが、ようやく彼らの研究で日の目を見るようになってきたのです。

 

 

以上、『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(谷口義明著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。

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宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

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谷口義明(たにぐちよしあき)

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