現代人には「石器時代の心」が宿っている
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bw_manami

2019/05/23

 

新聞社の科学記者として、生命科学や環境問題、科学技術政策などの取材を担当してきた三井誠さん。2015年からは、科学の新たな地平を切り開いてきたアメリカで、特派員として科学取材をスタートさせます。米航空宇宙局(NASA)の宇宙開発など、科学技術の最先端に触れることはできたものの、そこで実感したのは、意外なほどに広がる「科学への不信」でした。全米各地の取材を通して、「人は科学的に考えるのがもともと苦手なのではないか――」。このように考えるようになった三井さんですが、前回のコラムに続いて、本書の内容の一部を紹介しましょう。

 

人類の脳は、科学や理性をうまく使いこなすことにまだ適応できていない?

 

数百万年に及ぶ壮大な人類進化の歴史のなかで、人類が科学と付き合うようになったのはごく最近です。

 

人類の脳は、科学や理性をうまく使いこなすことにまだ適応できていないのかもしれません。人類進化という視点で見ても、「私たちは自分が思うほど理性的ではない」という側面が浮かび上がってきます。

 

人類がチンパンジーとの共通の祖先から枝分かれし、私たちの祖先としての歩みを始めたのは700万~600万年前とされます。

 

アフリカ中央部のチャドから、類人猿から進化したばかりの「初期人類(猿人)」の頭とみられる化石が見つかっています。歯の特徴などから人類の仲間であると判定され、年代が700万~600万年前とされました。

 

700万~600万年前に生まれた人類は、進化の道のりの大半をアフリカの森やサバンナで過ごします。動物を狩り、植物を採集し、伴侶を見つけ、子どもを育てるという生活をしてきました。少人数のグループで暮らし、危険に満ちた野生での生活では、仲間と仲良くやっていくことも大切だったでしょう。

 

人類の心理は、そうした生活に適応できるように進化してきたのかもしれません。

 

「生物が環境に適応するように進化してきた」という考え方を人間心理にもあてはめる考え方は「進化心理学」と呼ばれます。

 

カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校のジョン・トゥービー教授はこの分野のパイオニアとして知られ、「私たちの脳は、現代社会の問題を解決するようにデザインされているのではなく、狩猟採集生活をしていたころの問題を解決するようにデザインされているのです」と指摘しています。

 

そして、人類の心を次のように表現しています。

 

「現代に生きる私たちに、石器時代の心が宿っている」

 

700万~600万年前に生まれた人類が、現代の私たちと同じ種である現生人類「ホモ・サピエンス」になるのは30万~20万年前です。農業を始めて社会が複雑になりはじめるのはわずか1万年前のことです。約5000年前になって、銅とスズの合金(青銅)を使うようになります。ようやく金属器の時代となり、原始的な石の道具を使う石器時代は終わります。

 

人類700万年の歴史を1年のカレンダーに見立ててみると

 

人類700万年前の歴史を1年のカレンダーに見立ててみると、1月1日に人類が誕生して、現生人類が誕生したのは12月16~21日になります。さらに農業を始めるのは12月31日正午ごろと、もう年の暮れになってしまうのです。

 

つまり、人類は大晦日の昼まで、狩猟採集の日々を送ってきたことになります。

 

 

農業が始まると、私たちは定住して土地などの財産を持つようになります。農業用水などみんなで使う公共施設が作られるようになり、その管理や運用などが必要になってきます。集団が大きくなれば、生活のルールを決めて、みんなが守るような仕組みも作らなければなりません。こうして政治家や役人が生まれ、「文明社会」と呼ばれる複雑な社会になっていくのです。これは、ちょうど石器時代が終わり、金属を使い始める時期と重なります。カレンダーのたとえでいえば、12月31日の夕方、ごく最近のことです。

 

近代科学の誕生は12月31日午後11時半

 

人類進化の視点から科学を考えると、どう見えるのでしょうか。「近代科学の父」といわれるイタリアの科学者ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)のころから科学が始まったとすれば、その歴史はまだ4世紀余りです。人類進化のカレンダーにあてはめてみると、12月31日午後11時半ごろになります。

 

ガリレオは自作の望遠鏡で当時は完全な球だと思われていた月にクレーターを見つけたほか、金星の満ち欠けの発見などをもとに地動説を確信したとされています。振り子が揺れる周期はおもりをつるす、ひもの長さで決まり、その揺れが大きくても小さくても同じであるという「振り子の等時性」も発見しています。

 

ここで重要なのは、観察や実験から法則を見つける手法を取り入れたことです。

 

自分の思いを主張するのではなく、「データに基づいて法則を見つけ、検証する」という科学的な手法がガリレオ以降、広く使われるようになっていきます。実際、観察や実験で新たな原理を見つけ、それを技術に応用することで、飛行機で空を飛べるようになりましたし、ポケットに入るスマートフォンで世界中の情報を調べられるようになりました。

 

そんな便利さに慣れてしまうと忘れがちですが、人類は最近の400年余りをのぞけば、数百万年の歴史を、実験や観測に頼る近代的な科学とは無縁の生活をしてきたのです。

 

もちろん、農業でいえば「春に種蒔きをして」といった自然のリズムには従っていたでしょう。しかし、「地球の周りを太陽が回っている」という直感に従う時代と、実験や観察を重視する科学の時代とは大きな隔たりがあるのです。

 

人類の知性はそもそも、「地球が太陽の周りを回っている」という客観的な事実を突き止める手段として進化してきたわけではないでしょう。アフリカの森やサバンナを舞台に、狩猟採集をして暮らす集団のなかで、自分を守り子孫を残す知恵を得るために進化してきたのです。

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

三井誠(みついまこと)

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