アメリカで1990年以降に広がった「保守派の科学不信」
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bw_manami

2019/05/30

 

前回のコラムでは、地球温暖化懐疑論の社会的な背景を分析するなど、アメリカで科学と社会の関係を調べる第一人者であるハーバード大学のナオミ・オレスケス教授(科学史)の話を紹介しながら、アメリカ社会に潜む、反科学に陥りやすい危うさのことに触れました。今回のコラムでは、現代のアメリカ社会に広がる科学不信はどんな様子なのか、科学を好ましく思っていないのはどんな人たちなのかについて見ていきたいと思います。

 

“応援団”がいつのまにか“目障りな存在”に

 

ウィスコンシン大学のゴードン・ゴーチャット博士が2012年に発表した論文は、数十年に及ぶ世論調査結果を分析し、1990年代以降に保守的な政治信条を持つ人が科学への不信を募らせていった状況を明確に描き出しました。

 

 

保守派の科学不信の背景の一つは、科学が産業活動に伴う環境の悪化を明らかにしはじめたことです。

 

レイチェル・カーソンが1962年に出版した『沈黙の春』が、こうした流れを作るきっかけでした。以来、産業活動を支えてきた科学が、逆に規制を作るための手段として使われるようになったのです。

 

つまり、産業の応援団だった科学が、目障りな存在になりはじめたのです。

 

そして環境保護を求める動きは、自由な産業活動を脅かす「緑の恐怖」となりました。

 

ゴーチャット博士は論文で次のように指摘します。

 

「社会における科学の位置付けに変化が生まれ、政府の規制に反対する保守派のなかで科学への不信が生まれはじめました」

 

科学的な成果が行政や政治に影響力を持つようになり、「科学は急速に政治色を帯びてみられるようになり、政治から距離を置いた存在ではなくなった」(ゴーチャット博士)

 

ただ、保守的な共和党が1960年代から環境政策全般を嫌っていたわけではありません。

 

各省庁に分かれていた環境規制に関する部局を統合し、強化した米環境保護局(EPA)は1970年、共和党のニクソン大統領が議会に提案して発足しました。

 

トランプ大統領は環境規制を経済発展の妨げと見なし、EPAを敵対視していますが、その生みの親は共和党政権だったのです。

 

スモッグや酸性雨の対策として厳しい規制を盛り込んだ大気浄化法改正案は1990年、上院と下院でともに圧倒的な大差で可決され、共和党のブッシュ(父)大統領が署名しました。明確な変化が表れるのは、1990年以降です。

 

「赤(社会主義)の恐怖」から「緑(環境保護)の恐怖」へ

 

共和党が1990年以降、環境問題に反発しはじめた実態を、ミシガン州立大学のアロン・マクライト教授が2018年2月、テキサス州オースティンで開かれた米国科学振興協会(AAAS)の大会で紹介していました。

 

ここでは、マクライト教授の論文のデータにも触れながら見ていきたいと思います。

 

一つのデータは連邦議員の姿勢です。上院と下院の議員が自然保護や気候変動など環境に関連する法案に賛成したか反対したかをもとに、それぞれの議員が環境政策に前向きかどうかを環境保護団体が評価しました。その結果、1990年以降、共和党議員はだんだん後ろ向きになり、民主党議員が逆に前向きになっていく姿勢がはっきりしました。

 

もう一つのデータは一般市民の受け止め方です。「環境問題への政府の支出は少なすぎるかどうか」を聞いた世論調査の結果をマクライト教授らが支持政党別に分析してみると、1990年以降、共和党支持者は環境問題にあまりお金を使いたくないと考えるようになっていきました。

 

 

では、共和党はなぜ、1990年以降に環境政策をいやがるようになったのでしょうか。

 

マクライト教授は、その背景を次のように分析します。

 

・1991年の旧ソ連の崩壊により、保守系メディアやシンクタンクがそれまでの「赤の恐怖」の代わりに、「緑の恐怖」を主張するようになった。それによって、一時的な「恐怖」の空白を「緑」が埋めた。

 

・地球温暖化やオゾン層の減少、生物多様性の減少など地球規模での環境問題が国際政治の主要議題として登場し、各国政府に対応を求める動きが活発化した。そうした国際社会からの要請に、反発が起きた。

 

こうした要素が重なり合って、共和党の人々は環境政策を嫌うようになったのでしょう。産業界からの資金が保守系のシンクタンクに流れ込み、このような動きを促したのです。

 

ちなみに、共和党のシンボルカラーは赤で、民主党は青。共和党が強い州は「レッド・ステート(red state)」と呼ばれますが、マクライト教授が「赤の恐怖(red scare)」という時の「赤」は共産主義や社会主義を指します。正反対の政治勢力が同じシンボルカラーを持つのは不思議ですが、なぜか、そういうことになっています。

 

「赤の恐怖」の「赤」と環境保護の「緑」を結び付けた象徴的な言葉があります。世界各国が参加して環境問題を議論した「国連環境開発会議(地球サミット)」が1992年にリオデジャネイロで開かれるなど、1990年代前半、国際的に環境保護運動が盛り上がっていました。当時、保守派のコラムニスト、ジョージ・ウィル氏は環境保護の動きをこんな言葉で非難しました。

 

「赤い根を持つ緑の木(green tree with red roots)」

 

環境保護のための規制は、背景に社会主義的な考え方があると攻撃したのです。

 

こうして、環境保護が政治的な問題になっていきます。

 

環境保護は必ずしもすべてが規制を伴うわけではありません。例えば、環境への悪影響を抑えた新素材の開発などでも対応できます。しかし、政治的な問題として取り上げられるなかで、「国の権限を強化して規制で国民を縛る」という側面ばかりが強調されます。環境保護にとっては不幸な歴史です。

 

マクライト教授は、「環境保護が政治的な問題になった結果、地球温暖化を疑うことは、共和党支持者であることを示すリトマス試験紙になった」と私に指摘しました。

 

その言葉から、「地球温暖化問題は、もはや科学の問題ではない」ということを私は実感しました。

 

(つづく)

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手

ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

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