日本の「家族団らん」は高度経済成長期のみの特殊な出来事だったという事実
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bw_manami

2019/05/29

私たちがふだん何気なく食べているごはん。そこには、壮大な物語が眠っている――。
気鋭の分子調理学者・石川伸一先生が、アウストラロピテクスの誕生からSFが現実化する未来までを見据え、人間と食の密接なかかわりあいを描きだす光文社新書『「食べること」の進化史』が刊行されました。発売を記念して本書の一部を特別に公開致します。

 

 

 

◆「家族団らん」の嘘

 

昔からある共同体の最小単位のひとつは「家族」ですが、その単語を聞くと、仲良く食事をする食卓の風景を連想する人も多いのではないでしょうか。家族そろって食卓を囲む姿は、テレビなどのメディアでもたびたび描かれてきたように、家族の一体感をあらわす縮図として扱われてきました。

 

しかし、日本の歴史上で「食卓での家族団らん」の概念が生まれたのは、思いのほか最近のことです。

 

家族関係学が専門の表真美氏は、日本の家族団らんの歴史的な変遷を調べています。その調査によれば、近代までの一般的な家庭の食事は、個人の膳を用いて家族全員がそろわずに行われ、家族がそろっても食事中の会話は禁止されていました。

 

では、食卓での家族団らんは、どのように始まり、どのように普及していったのでしょうか。

 

かつて、団らんの移り変わりには、「欧米からの借りものとしての団らん」「啓蒙としての団らん」「国家の押しつけとしての団らん」があったことが知られています。

 

食卓での家族団らんの原型が誕生したのは、明治20年代でした。教育家・評論家の巌本善治が、食卓での家族団らんを勧める記事を書き、キリスト教主義の雑誌にも同様の記述が複数登場しました。その後、国家主義的な儒教教育と結びついた記事により、家族そろって食事をするべきだという意見が広がっていきました。

 

その後、家族団らんが、一般的な家庭の食事風景になったのは1970年代頃でした。NHKの国民生活時間調査によると、この頃、家族で食事している家庭は約9割に達しています。共食が常識だったこの時代の家庭科の教科書には、家族一緒の食事を促す記述はほとんどみられません。

 

その時期が過ぎ、1983年に出版された足立己幸氏の『なぜひとりで食べるの』という本の中で「孤食」という言葉が使われました。1980年代前半には、孤食が社会問題となり、1980年代後半には家庭科教科書に孤食へ対する注意喚起が記されました。2000年前後は、家族で一緒に食事すべきという考えが、強迫観念的なものとして捉えられる時期でした。

 

食卓での家族団らんが、家庭の常識として成立していたのは、高度経済成長期にあたる1955~1975年の20年間ほどでした。家族団らんは、それ以降の日本社会の“進化”の過程で、変わらずに生き残ってきたとはいえません。

 

◆増幅される「密室」のイメージ

 

しかし今もなお、多くの人の心の中に、ロールモデルのような家族団らんのイメージが生き続けているのはなぜなのでしょうか。

 

家庭での食事は、基本的には家庭ごとに非公開で行われるものです。他の家庭の食事の全貌は、当事者たちが自ら公表しない限り、通常は明らかになる機会はありません。その“密室の行為”であった家庭の食が、ある本によって明るみに出て、世間に大きな衝撃が走ったことがありました。

 

2003年に出版された、岩村暢子氏の『変わる家族 変わる食卓』は、食マーケティングの目的で各家庭の1週間の食事、計2000以上の食卓の写真を収集、分析しました。

 

その結果、親も子もそれぞれの食べたい時間に食べたいものを別々に食べることが増えたこと、また、子どもに嫌いな野菜を「食べてもらう」ために、擦り込んだり混ぜ込んだりする親が減り、栄養バランスに関係なく子どもの好きなものだけを食べさせたり、欠食に気づかない親が増えたことがわかりました。

 

また、過去と比べて、外食へ連れて行く父母世代も減り、話題の店や新商品をチェックする熱意も低下しています。その背景として、家族や社会の変容があるのではという指摘がなされています。

 

社会や環境の変化によって、日本の家族が、団らんを必要としない、あるいはできない生活形態になったのでしょう。それにもかかわらず、家族団らんが理想の姿のように扱われるのは、高度経済成長期の“古き良き日本の思い出”が作り出したイメージにも感じられます。

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石川伸一(いしかわしんいち)

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