調理学者が提言 ダイエットとは、数百万年積み重ねてきた人類の進化にあらがうこと!?
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bw_manami

2019/05/30

私たちがふだん何気なく食べているごはん。そこには、壮大な物語が眠っている――。
気鋭の分子調理学者・石川伸一先生が、アウストラロピテクスの誕生からSFが現実化する未来までを見据え、人間と食の密接なかかわりあいを描きだす光文社新書『「食べること」の進化史』が刊行されました。発売を記念して本書の一部を特別に公開致します。

 

 

 

◆食べることは自分の意思とは関係ない?

 

人がものを食べるという行為は、自己の意思に基づいた行動だと考える人も多いかもしれません。そのため、自分の意思で食べるものを決め、体重をコントロールできると考えがちです。

 

しかし、ヒトには「食欲コントロール回路」が備わっているため、体重を大幅に減らしたり、それを維持しようとすることは、なかなか“手ごわい”のが実際です。

 

意識的に食事に気をつけたり、運動をしたりすることで、適正な体重を維持したり、急激に減量したりすることは可能です。しかし、大幅に減らした体重を長期的に維持するのは、容易なことではありません。身体から脂肪を除去すると、熱消費が抑えられ、さらに食欲は増大するからです。身体の脂肪を減らさないように基礎代謝が抑えられ、燃費が良くなるとともに、食べものを強く欲して脂肪を溜め込むように、身体が必死に飢えに対して抵抗するのです。

 

人間が食欲を制御するシステムは、他の哺乳類と基本的に変わらないものです。私たちが経験する無意識的な食欲と基本的に同じものを、マウスや猿も感じています。人間はこのような無意識の食欲を、他の動物よりもやや意識的にコントロールできるとはいえ、基本的に他の哺乳類と同じような信号で制御されています。

 

自分の体重を減らそうと思ったときに理解すべきことのひとつは、進化の過程を通じて、人類が無制限に食べものを得られたことなどほとんどなかったという事実です。さらに、人類の歴史の大半の時間を、私たちは狩猟採集民として暮らし、日々の労働に大量の熱量を消費してきました。

 

食料が少なく、運動量が多いという人類の歴史を考えれば、私たち人間が、体重、そして食欲を最適レベルに設定できる生物学的なコントロールシステムを搭載していることは、とても理にかなっています。体重が減りすぎたり、食欲が落ちすぎると、飢饉が長引いたときに餓死する危険性が高くなります。逆に、体重が多すぎたり、食欲が旺盛すぎると、動きやすさや健康などに支障が出てきます。

 

すなわち、現代に生きる私たちが、体重を大幅に落としてそれを維持しようとするとき、その努力は、数百万年積み重ねてきた人類の進化の選択圧にあらがうことにほかなりません。「趣味ダイエット、特技リバウンド」といった現象は、人類の進化からみれば、ごく当然のことだといえます。

 

◆レプチンとグレリン

 

私が、1年間に食事から摂取しているエネルギーを計算すると、おおよそ95万キロカロリーくらいになります。体重はここ数年ほぼ変わっていないので、1年間で消費したエネルギーもほぼ同じであることが予想されます。

 

身体が食欲をコントロールしながら、正確に食べたものと同じだけのエネルギーを消費するというのは、驚くべき体内メカニズムが備わっていることを意味します。年齢を重ねるとともに基礎代謝は低下していくため、若いときと同じカロリーの食事を摂取していれば、いずれ太っていきますが、体重がさほど変わっていなければ、摂取と消費のバランスがうまくとれているということです。

 

実験で、被験者の食事量と消費量を数週間から数カ月にわたって注意深くモニターしてみると、摂取カロリーと消費カロリーのバランスが見事に保たれていることがわかります。

 

他の多くの哺乳類も同様に、食べすぎたり、飢えたりした後に自由に食べられる環境に戻すと、体重がすぐにもとの水準に落ち着きます。脳が身体から体重の指標となる「信号」を受け取り、それに基づいて身体が“自動制御”される結果、体重はかなり厳密にコントロールされています。

 

その食欲の「信号」には、体内で分泌される2種類のホルモン、「レプチン」と「グレリン」が関与しています。これらが競合し、上手にバランスを取ることで食欲はコントロールされています。

 

レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで、基本的に食事をしたあと分泌されます。レプチンが分泌されると、脳の視床下部にある「満腹中枢」が刺激され、満腹感を覚えるようになり、食欲が抑制される仕組みです。レプチンという名前は、ギリシャ語の「レプトス」に由来し、「やせる」という意味です。

 

一方、グレリンは、胃から分泌されるホルモンです。グレリンが分泌されると、脳の視床下部にある「食欲中枢」が刺激され、食欲が増すことになります。グレリンは、空腹で体内のエネルギーが不足しがちなときに、その補充を促すため分泌されるホルモンです。

 

やせるためには、食欲を抑えるレプチンの働きが必要になります。そのため、肥満の治療薬としてレプチン投与の大規模な臨床試験が行われましたが、レプチンで減量できた肥満患者はほとんどいませんでした。大半の肥満患者は、レプチンが足りないのではなく、レプチンが効きにくいという「レプチン抵抗性」がありました。レプチンが多量に身体の中をめぐっていても、脳内で摂食行動を受容する「受容体」への作用が正常に働かないと、食欲は抑えられないということです。

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「食べること」の進化史

「食べること」の進化史培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ

石川伸一(いしかわしんいち)

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