クジラの進化は地球の未来を予言していた!? 今、クジラ博士が解き明かす「クジラ」という生物(後編)
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bw_manami

2019/06/12

平成最後の年末、2018年12月26日ーーー日本は、国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明した。戦後に捕鯨を開始して以降、長きに亘ってIWCを支えてきた最有力国の一つでもあった日本は、なぜ脱退という道を選ばなければならなかったのか? 長年IWC科学委員会に携わってきた鯨類研究者である著者が、そもそもクジラとはどんな生き物なのか、そして日本とクジラ、IWCの関係に迫る光文社新書『クジラ博士のフィールド戦記』の発売を記念して、本書の一部を公開。
第3回目の今日は、いよいよクジラと地球、人類の関係を掘り下げます。

 

 

ハクジラの世界

歯は全て犬歯状、鼻の穴は一つ

 

 

ハクジラ類は、最小のイロワケイルカ(成体平均1.2メートル)から最大のマッコウクジラ(雄成体平均16メートル:図6)まで、多様性に富んだ大小さまざまの計75種がいる(第一回「クジラの進化は地球の未来を予言していた!? 今、クジラ博士が解き明かす「クジラ」という生物(前編)」表1参照)。

 

文字どおり口腔内(上顎と下顎、もしくは下顎のみ)に歯牙を有するグループで、ハクジラ類の歯牙は、全てが犬歯状の“同歯列”構造になっている。

 

つまり人間などのように、歯牙の各々の部分によって機能が異なる――引き裂いたり磨りつぶしたりする――構造にはなっていない。歯牙はもっぱら食物を捕らえるために機能し、咀嚼機能は失われている。

 

中・大型種では、歯牙はハレム闘争(一頭の選ばれた雄が多数の雌を保有する)など雄同士の個体間の社会的闘争に使われる場合も多い。

 

また、ハクジラ類の外鼻孔は、内部構造的には左右に分かれているが、外皮への開孔直前に左右の鼻孔が合体し、一つの外鼻孔として開いている。左右別々に開孔するヒゲクジラ類と大きく異なっている。

 

マッコウクジラの暮らしぶり

 

次にハクジラ類の暮らしぶりを見てみたいが、表1で示したようにこのグループは誠に多様で暮らしぶりも千差万別。そこでハクジラ類の代表として、マッコウクジラに焦点をあて、ハクジラ類の暮らしぶりを見ていきたい。

 

マッコウクジラはほぼ全海洋に分布する。全般的傾向としては、冬季には低緯度を回遊して繁殖を行い、夏季には高緯度へ索餌回遊を行うが、ヒゲクジラほど明瞭な季節的回遊パターンではない。

 

このパターンを決定しているのは、マッコウクジラ全体のリズムというより、各々が強く結ばれている群れ独自の意志のようだ。

 

また、ヒゲクジラのように夏季に集中的に索餌する傾向は低く、周年にわたって摂餌活動するようだ。マッコウクジラが出現する場所は、周年を通じて大陸棚斜面や海溝の縁がある海域であり、索餌時期のみならず、北上もしくは南下途上や、繁殖期においてさえも摂餌活動があると推察される。

 

また、成熟した雄は、両半球ともに氷縁付近まで遠く索餌回遊するが、繁殖育児群や小型独身群は温暖域に周年とどまる。

 

詳しくは後述するが、マッコウクジラは社会性が高く、ハレム型と呼ばれる複雑な繁殖様式を採用しているようだ。

 

繁殖の基本単位は雌と子鯨から構成される繁殖育児群(25頭前後)で、この群れで生まれた子鯨のうち雄はやがて群れを出て、小型独身群(15頭程度)を形成する。

 

その後、さらに中型独身群(5頭程度)を経て最終的に単独雄となり、社会的成熟に達する。

 

繁殖期になるとこれら単独雄同士が闘争を行い、勝者が繁殖育児群へ加わり、発情した雌と交尾を行う。ただし、繁殖育児群へとどまるのは数日程度にすぎないと考えられている。

 

マッコウクジラもヒゲクジラ同様に、冬季に受胎するが、妊娠期間は16ヶ月に及ぶ。一産一児であるが、出生体長は雌成体の40%で、ヒゲクジラよりやや大きい。

 

授乳期間は22ヶ月の長期に及び、ヒゲクジラより圧倒的に長い。知られている限りでは鯨類で最長で、これは、先に述べた本種の特異な社会生態と関連が深い。

 

マッコウクジラの性成熟過程はかなり複雑である。

 

雌では10歳前後で性成熟に達する。雄でもこの年齢の頃に生理的に成熟するが、これは必ずしも実際的な成熟を意味しない。

 

詳しくは後述するが、マッコウクジラでは、雄は発育段階ごとに群れを変え、最終的に単独雄となり繁殖に参加する条件が整った段階で社会的成熟に達し、これが実質的な性成熟となる(25歳前後)。

 

成長パターンを見てみると、4~5歳から雌雄の差が開き、10歳で1メートルほどの差が生じ、最終的には、雌が体長11メートル程度にとどまるのに対し、雄は平均でも16メートルに達する。

 

寿命は雌雄共に70歳を超える。

 

ハクジラ類は、前述のように、文字どおり口腔内に歯のあるクジラのグループの総称で、歯牙は全て犬歯状の同歯列構造になっている。一般的にはイカ類を好む。

 

マッコウクジラは、深海に独自のニッチェ(生態的地位)を築くために高い潜水能力を身につけ(雄成体の最大潜水深度は3000メートル以上に達する)、もっぱら深海性のイカを捕食できるように特化してきた。主要な餌生物種としては、ニュウドウイカ、ダイオウイカ等に代表されるように頭足類、特にイカ類への嗜好性が極めて高い。

 

クジラの適応ポリシーとは?

同じクジラでも、まるで異なる生物

 

以上、いささか堅苦しい解説をしてしまった。

 

が、とにかくクジラとはいかなる生き物であるかは、おおむねご理解いただけたと思う。

 

筆者がここまでの解説からご理解いただきたかったのは、クジラのポリシーである。ポリシーと言っても、捕鯨問題とかの政治的姿勢ではなく、クジラの適応戦略とでもいうべきポリシーである。

 

ヒゲクジラ類の基本的ポリシーは、ひたすら母なる地球に溶け込むような、絶妙な環境調和的適応戦略である。海の生態系の特性を利用して、豊富に存在する低次段階の餌生物に的を絞り、特殊な器官であるクジラヒゲを発達させて非常に効率的な摂餌を実現した。

 

それだけでも見事なものだが、夏季には餌が大量に発生する高緯度海域へ回遊し、冬季には温暖な海域へ移り新生児の生き残りをはかる。交尾、出産、摂餌回遊は、地球の四季に応じたごく自然な流れである。

 

一方、マッコウクジラに代表されるハクジラ類は、複雑な社会生態など、祖先であった陸上哺乳類の名残が色濃くある。「海にはいるが、俺は哺乳類だぞ」との叫びが聞こえてくるような気がしてならない。

 

ヒゲクジラ類がひたすら周囲の環境になじもうとしているのに対し、マッコウクジラは、他のどのような競争者でも到達できない深海の淵にまで餌を求めるよう特化してきた。いわば、開拓者型の摂餌戦略をとっている。

 

このいわば2つの適応戦略、というかポリシーの違いは、よく考えてみると相当にかけ離れている(表2)。

 

 

例えば、草食性のゾウと肉食性のオオカミほどのポリシーの違いである(もちろん実際には、共に肉食性なのだが……)。

 

つまり、共に同じクジラという名称の中に押し込めるのも憚られるほどの違いであるし、少々大げさだが、このことを自分なりに確信して以来、この2種を“何とか違う動物グループとして括れないか?”という思いが頭から離れない。

 

尤もクジラ的な生き物はやはり鯨類

 

環境との付き合い方、環境との共生進化から考えると、生息環境に溶け込むように暮らしてきたヒゲクジラ類と、祖先である陸上哺乳類の名残をとどめ、自己の野望(?)をちらつかせながら意欲的に進化してきたハクジラ類のポリシーは大きく異なる。

 

翻って、我々人類に置き換えてみると、どうだろうか?

 

生息環境にひたすら調和しながらつつましやかに暮らしていく民族。自己の野望(いや幸せか?)のために環境を開発し、他民族をも圧迫していく民族。前者はヒゲクジラ類のようであり、後者はハクジラ類のようでもある。

 

こうした点も、クジラの懐の深いところのように思われてならない。地球の将来を見越して、正反対のエコタイプ(生態型)を発達させてきたようでもある。こんなことも準備しながら進化してきたのだろうか?

 

近年の海洋汚染、温暖化や大規模な地球の環境変動、さらに原発問題を思わずにはいられない。化石燃料発見以前の人類はヒゲクジラ的であったように思われるし、それ以降はハクジラ的であるように思われる。

 

今や海洋全域に漂うプラスチック物質には、どちらのグループのクジラも生存を脅かされるようになった。どうしても、“今はヒゲクジラ的に生きるべし!”と言っているように思われてならない。

 

こんなことを連想させてくれるのも鯨類の奥の深さであり、生活圏を全面的に転換した鯨類ならではのものである。斬新的であり画期的でもあるこうした適応ポリシーは、他の生物群に鯨類に匹敵するものはなく、やっぱり尤もクジラ的な生き物は鯨類しかいないのである。

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クジラ博士のフィールド戦記

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加藤秀弘(かとうひでひろ)

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