「どうみても天才型の人間ではない」実弟が描く 世界のオザワの少年時代【秘話 小澤征爾】
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bw_manami

2019/07/02

世界のマエストロ・小澤征爾さんの素顔を、実弟でありエッセイストの小澤幹雄さんが描く『やわらかな兄 征爾』(6月12日発売・光文社刊)より、マエストロの青春時代のエピソードをご紹介します。

 

 

一緒に育った僕から見ると、征爾は天才型の人間ではない

 

多くの人は征爾のことを、大きな挫折もなくトントン拍手に出世した「天才型」の人間だと評しているようだ。

 

しかし、小さいときから一緒に育った僕から見ると、才能のほうはいざ知らず、タイプとしては征爾は完全に「努力型」の人間だと思う。

 

ただ征爾は、「当たってくだけろ」精神で、積極的に行動し、何事にもどこまでもあきらめないでがんばる、そのねばりだけは天才的である。

 

フランス政府の留学試験に落ち、わが家の経済状態からいって自費留学も不可能とわかったときに、スクーター旅行を思いつき、東京じゅうのスクーター会社を訪ね歩いて、やっと富士重工からラビットスクーターを借りて貨物船に乗り込むあたりは、得意の「当たってくだけろ」精神だが、どうみても天才型の人間の姿ではない。

 

中学や高校のころ、今から考えるとずいぶん紆余曲折があったが、音楽だけはやめないで、悪い条件のもとで、こつこつ勉強していた努力は、わが兄ながら偉いと思う。

 

(成城学園)中学二年のある時期、征爾は家があまり遠いこともあって、成城の学校のすぐそばに下宿してたことがあった。そのお宅は、母娘二人暮らしで、イギリス人のお母さまが成城学園の英会話の先生、その娘さんが家庭科の先生で、僕も中学一年の時習ったことがある。

 

この、イギリス貴族の出であるお母さまが、当然のことながら躾しつけにたいへんきびしい方で、部屋の整理から服装や礼儀作法まで、征爾の日常生活をきびしく指導されたらしい。

 

「ピアノのある家がほんとにうらやましかったよ」

 

征爾は、緊張の日々を送っていたが、それより大変なのは、そのお宅にはピアノがなかったので、成城の高校の音楽室のピアノを借りなければならなかったことだった。

 

ところが、この高校の音楽室は、寂しい林の中にポツンとある一軒家なのだ。毎晩まっ暗な林の中をとおって音楽室にたどりつき、手さぐりで鍵をあけ、電気をつけてピアノの練習をして、終わるとまたピアノの鍵をかけ、電気を消して戸口に鍵をかけて帰ってくるわけだが、中学生の征爾にはそれがとてもいやで、怖かったらしい。

 

「帰る途中、ピアノのある家がほんとにうらやましかったよ」

 

と、大人になってから言っていたが、そんなにまでして必死にピアノをやっていながら、一方ではラグビーにも夢中になっていたんだから、あきれたものである。

 

むかしと変わらない征爾の「優しさ」

 

年をとるにつれて変わっていくのは、人間誰しも同じことだが、征爾の場合は僕から見るに、基本的には子供のときからまったく変わっていない。その、むかしと変わらないところが、征爾のいちばんいいところだと思う。

 

むかしから変わらないところ、それはひと言で言えば「優しさ」である。誰に対しても同じ「優しさ」で接して、そして誰とでもすぐ友達になってしまう。

 

征爾は誰にでも優しいが、とくに、おふくろさんや、僕たち兄弟には、とても細かく気をくばって心配してくれる。その心配や気くばりを、すぐ行動に移して表わすのだ。

 

一番上の兄貴が、京都で女性専用旅館を開業したばかりのころ、久しぶりに日本に帰ってきて、ものすごい忙しいさなかに、

 

「おい、ポン(※編集部注:筆者の家族間での呼び名)、京都の兄貴のところはどうなってる? 今日これから一緒に行ってみないか」

 

と言うので、二人で夕方の新幹線に飛び乗った。

 

夜おそく、七条河原町にある兄貴の宿に着いた征爾と僕は、久しぶりに兄弟三人でゆっくり話をして、その夜は空いている客室に、二人で泊めてもらうことになった。

 

しかし、男性は泊めない女性専用宿舎なので、泊っている女性客に見つからないように、そおっと息をひそめて、なまめかしいピンクのパジャマなんかが置いてあるたたみの部屋に、征爾と二人で寝るハメになった。

 

廊下に出るときも、女性客に出くわさないように、そっと戸を開けて、首だけ出して左右をたしかめてから出たりして、まるで忍者になったみたいだった。

 

汚いズボンのポケットから「これ、やる」と…

 

最近は、都心から遠い成田空港から出発するので、いちいち見送らなくなってしまったが、かつては征爾が外国に発つときは必ず、おふくろさんたちと羽田空港まで、見送りに行ったものだ。

 

いつもギリギリに空港に着いて、あわただしい出発だったが、税関に入るまぎわに、いつも征爾は、汚いズボンのポケットから、シワクシャになったお金をすばやく出して、

 

「これ、やる」

 

と、無雑作に、僕に渡してくれた。

 

それが、とにかくハナをかんだみたいにひどくクシャクシャで、思わず両手を出して受け取ったりしたが、あとで数えると、千円札が二、三枚に小銭がいくつか混じっていたり、ときには一万円札が何枚か入っていたりした。

 

要するに征爾は、しばらくは必要のない日本円を、ポケットじゅうさらって全部僕にくれたのだ。額の多少にかかわらず、征爾の心遣いが、とてもうれしかった。

 

この記事は『やわらかな兄 征爾』(小澤幹雄・著)より、一部を抜粋・要約して作成しています。

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小澤幹雄(おざわ みきお)

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