最古の無名なテレビCMたちから何が見えるか
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bw_manami

2019/07/19

1953年2月1日、NHK東京テレビジョンが開局して日本のテレビ放送の歴史が始まった。半年後の8月28日には初の民間テレビ放送局・日本テレビ放送網も開局、2年前に始まっていた民放ラジオとともに本格的な民放時代がやってきた。それは、コマーシャル・メッセージ(CM)と呼ばれる放送広告のスタートでもあった。本書(高野光平『発掘! 歴史に埋もれたテレビCM』光文社新書)は、これまで謎の多かった草創期の日本のテレビCMについて、数々の発掘資料からその実態を明らかにしようとするものである。しかも、徹底して無名の作品たちに光を当てる。そこから何が見えてくるのか。輝かしい名作の系譜からは見えてこない「もうひとつのテレビCM史」を解き明かす。

 

このコラムでは、上述の書籍の発売を記念して、本文の一部を抜粋して特別に公開いたします。

 

 

最古の無名な発掘物たち

 

広告は、短い文章や短い映像で確実にメッセージを届けるために、誰にでもわかるベタな記号を多用する。そこに当時のマジョリティの感覚が痕跡として残りやすい。広告を見れば、その時代に代表的とみなされていたセンスが分かるのである。これは広告が持っている独特の性質で、よく言われる「広告は時代を映す鏡」とはそういう意味だ。

 

(中略)

 

広告に埋め込まれた時代感覚を読み解く作業はとても面白く、これまでにいくつもの広告文化論や広告社会論が出版されてきた。本書も同じ系譜に連なるものなのだが、類書とは決定的に異なる特徴がひとつある。これまでの広告本では、多くの人が知っている有名な作品や、大きな賞をとったような名作を中心に取り上げてきた。しかしこの本では、徹底して無名な作品に光を当てる。

 

しかも、これまでほとんど扱われることのなかった最古の時期、具体的に言うと、日本初の民間テレビ放送局・日本テレビ放送網が開局した一九五三(昭和二十八)年から、東京オリンピックがおこなわれた一九六四(昭和三十九)年くらいまでの草創期を扱うことにした。必要に応じて一九六八(昭和四十三)年くらいまで取り上げることもあるが、広げてもそのくらいにしてある。

 

「最古」かつ「無名」のCM。二重にマニアックな作品たちを歴史の奥底からサルベージして、輝かしい名作の系譜からは見えてこない「もうひとつのテレビCM史」を記述しようというのがこの本のテーマである。

 

なぜそんな歴史を書こうと思ったかというと、理由はふたつある。

 

ひとつは、手元に大量の映像があるからだ。私を含む研究者チームは、一九五四年から一九七〇年までに制作されたテレビCM約一万五千本、七一年以降も含めると約一万八千本をデジタルアーカイブ化して、検索・閲覧できる状態にしている。映像制作プロダクションと貸借契約をかわしたり、解散したプロダクションから寄贈を受けたりして少しずつ作ってきた。そのほとんどは、放送を終えてから半世紀のあいだ倉庫で眠り続け、陽の目を見ることがなかった「発掘物」である。

 

(中略)

 

こうした発掘物の紹介をかねつつ、草創期のテレビCMについて考えようという趣旨である。

 

(中略)

 

こういう趣旨であれば動画を公開したほうがよいに決まっているのだが、残念ながらさまざまな事情があって学術研究者以外への公開ができない。今回は、静止画に解説文をつけたスタイルで本を出すことにした。

 

昭和のステレオタイプ化にあらがう

 

もうひとつの理由は、平成から令和になり、昭和がふたつ前の時代に遠ざかったいま、あらためて戦後昭和とは何だったのかを考え直すのにテレビCMが役立つからだ。

 

時代が遠ざかると、その時代について考える作業は難しくなっていく。古くなればなるほど過去はざっくりとしたステレオタイプに押し込められてしまう。

 

古きよき懐かしの昭和は、長期的なレトロブームをつうじてだいぶステレオタイプ化が進行した。「みんな◯◯だった」「誰もが××した」といったイメージの固定化が起こっている。

 

最近の大学生には、私が小中学生だった三十年前、男の子はみんなガンダムとキャプテン翼に夢中だったと信じている人がいる。そんなことはない。私はガンダムを見たことがないし、少年ジャンプを読んだことがなかった(私はサンデー派だったのだ)。私のような男の子はいくらでもいたはずだ。バブル時代はみんなワンレンボディコンでディスコで扇子を振り回していたと信じている人もいる。それは都市のごく一部の若者の経験だし、ついでに言うとジュリアナ東京はバブル崩壊直前および直後のブームで、バブル期の中ではかなりはじっこのできごとだ。

 

そんな感じで、歴史のイメージはどんどん適当になっていくのである。たった三十年前でもこれだけ硬直化するのだから、半世紀以上も前の昭和30年代となるとガチガチになっていてもおかしくはない。「ALWAYS 三丁目の夕日」のような世界はたしかに存在したかもしれないが、日本全国すべてがあのようだったわけではないし、昭和三十年から三十九年まで十年間ずっとあんな感じだったわけでもない。本物の昭和30年代は地域的にも時期的にも多様であったはずだ。

 

それはもちろん分かっているのだけれど、でも、そうした多様性に対する想像力がだいぶにぶってきているのも事実ではないだろうか。若者だけでなく、当時を生きた中高年にもステレオタイプにとらわれている人はたくさんいるだろう。

 

最古の無名なテレビCMには、そんな硬直したイメージをときほぐす力があると私は考えている。(中略)それは消費生活のさまざまなプロトタイプ(試作)たちだ。この商品があればこんな幸せな生活が送れる。こんな楽しい気持ちになれる。CMは新しい生き方の試作を次々と提案していった。一部は人びとに根づき、私たちの記憶に残ったが、大多数は定着することなく試作のままで終わり、忘れ去られていった。

 

私が本書で重視したのは後者、忘れられた消費生活のプロトタイプたちだ。それは見たことのない昭和三十年代で、私たちの常識に揺さぶりをかけてくる。この揺さぶりが引き起こすめまいが、硬直したイメージをときほぐし、昭和三十年代の多様性やディティールを気づかせてくれるのだ。本書を読み進めればきっとこのことを感じていただけると思う。

 

※本稿は、高野光平『発掘! 歴史に埋もれたテレビCM』(光文社新書)の内容の一部を抜粋して構成したものです。

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発掘!歴史に埋もれたテレビCM

発掘!歴史に埋もれたテレビCM見たことのない昭和30年代

高野光平(こうのこうへい)

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