『おじさんのトランク幻燈小劇場』刊行!芦辺拓インタビュー
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bw_manami

2019/07/26

「今までに読んだことのない芦辺拓だ」と思いました

 

 

——おふたりは、どこで知りあわれたんですか?

 

芦辺 かれこれ六年前くらいに、メガネを買い換えようと思って、目についたお店に入ったんですよ。そのときに担当につかれたのが乃木口さんで。たまたま、本名ではなく、作家のほうの名刺を渡したら、そのときは気づかなかったんですが、僕の本を読んでくださっていたようで。まさかそんなところで読者に会うとは思わなかったんですが、そういうことは抜きにして丁寧な接客をしてくださったし、年賀状などもいただいていたので、印象に残っていたんです。そして、三年ぐらい後に、文学フリマで再会しました。僕はあまり顔をおぼえるのは得意ではないので、声を掛けられたときには思い出せず、驚きましたが、メガネ屋さんの自分の担当者が同人作家としてミステリ作品を何冊も刊行されているという事実に遭遇したわけです。

 

乃木口 芦辺先生がミステリのブースが並んでいるあたりに顔を出されたので、一瞬迷ったんですが、これはお声を掛けるべきだ、と。そこから懇意にさせていただいていて。

 

芦辺 僕が文学フリマやミステリ同人誌の活動に興味を持ち始めたのも、ここ五六年のことで、それほど詳しくはないんですが、出店されているのを見ているうちに作品を買わせていただくようになりました。それにしても、書店で大量に本を買って、領収書をもらうのに名乗っても、特に気がつかれた記憶はないのに、まさかメガネ屋さんで気づかれるとは(笑)。

 

乃木口 もともとミステリが好きで、芦辺先生の本も何冊か読ませていただいていたので、お名前をうかがって「えっ!」と。視力検査をさせていただいたりもしたのですが、その間、実は頭が真っ白でした(笑)。

 

芦辺 僕は、自分の執筆活動と「同人誌」を全く別物と考えていたんですが、単行本化されていない雑文や評論などを「同人誌でいいのでまとめてください」というようなことを読者に言われるようなことが増えたんです。プロとしては、商業出版に見合う作品や企画をどうやって作るかが使命だと思っているので、選択肢としては断っていたんですが、最近、文学フリマなどに行くようになって、乃木口さんたち同人作家の丁寧な本作りと創作姿勢に胸打たれるところがあったんです。

 

乃木口 同人活動をしている者としては、『奇譚を売る店』は響きました……。特に、二話目の「這い寄る影」は、同人活動をしているすべての者の話だな、全員読むべきだ、というくらいの気持ちになりました。

 

 

——新刊『おじさんのトランク』はどう読まれましたか?

 

乃木口 『奇譚を売る店』『楽譜と旅する男』が一話完結だったのに比べると、今作は最初から全体の構想が決まっているように感じました。前二作と違うかたちにしようと考えて構想されていたんですか?

 

芦辺 もともと、『奇譚を売る店』は、雑誌掲載が始まった当時はシリーズタイトルもなかったんです。一冊にまとめるのに、収束させるためのアイディアとして「奇譚を売る店」が出てきたわけです。『楽譜と旅する男』も漠然と世界のいろんなところに行く話にしよう、自分が行ったことのある異国の町を描いてみようというくらいの構想しかなくて、最終話直前までどういう一冊になるのか、予測していませんでした。『おじさんのトランク』も、第一話の最後あたりを書いているときに、「ああ、この老優が自分探しをしていくんだろうな」と思ったくらいですから、そのあとの構想なんてあるはずもなかった(笑)。

 

乃木口 冒頭に「これでおしまい」という曲が出てきますよね。

 

芦辺 ……だから、「この曲はまたあとで出てくるんだろうな」とは思いましたけどね。あとで使えるかもしれないような仕掛けはしているんだけど、どう使うかまでは決まっていなかった。うまく使えなかったら、その仕掛けについては、バックレるつもりでした(笑)。物語は生き物なので、最初にきっちり構想を立てて、一字一句ゆるがせにしないで書き進めるやりかたもあるとは思いますが、そのへんは人それぞれで、僕の場合は、作者にできることは物語を最善のところに着地させることくらい。物語世界を自在に扱うことは、たぶんできないんだろうな、と考えています。『楽譜と旅する男』も、漠然と途中まで考えていたラストとは、まったく違うところに着地させることになりましたし、今回の『おじさんのトランク』も、大方の読者が想像できるような物語になってしまいそうで、それじゃあいけない、と考えているうちに、予想以上に物語に絡んでくる登場人物が現れました。

 

乃木口 それには、読んでいてびっくりしました。感動すらしました。

 

芦辺 ありがとうございます。もともとは、第三話「おじさんの植物標本」に出てくる阿地川(あちがわ)侯爵という冒険家のモデルとなった人物を主人公にした作品を構想していたので、『おじさんのトランク』は「おじさん」による冒険物語にしたいとも思っていました。小栗虫太郎(おぐりむしたろう)の折竹孫七(おりたけまごしち)(『人外魔境』の主人公)や香山滋(かやましげる)の人見十吉(ひとみじゆうきち)(『恐怖島』『悪霊島』『魔境原人』などの主人公)のように。あるいは、「現代のほら男爵」の物語にしようとも考えたんです。結果的に、「歴史の影を生きた男」の話になっていったのは、予想外でしたね。物語の構造からしたら、「おじさん」の話がメインになって、主人公であるはずの老優の自分探しの話は小さくなっていっても不思議はなかったんですが、「おじさん」の冒険譚を描きつつも、自分探しの物語もそれなりに書き込むことができたのは、つくづく物語は生き物だということだと思いますね。それぞれの物語の配分も、最初から考えてこうなったわけではないですから。何も考えてないように聞こえるかもしれませんが、考えてはいるんですよ(笑)。考えているんだけど、予想のつかない形になっていってしまうんです。こういう作家さんは、ほかにもいるのかどうか……。いると信じたい(笑)。

 

 

乃木口 ミステリを書かれる場合はどうなんですか? やっぱりガチガチには構成を決めないんですか?

 

芦辺 ネタとか資料とかトリックとかを、箱いっぱいに用意しておくわけですよ。たくさん仕入れておく。それをどうブレンドして、化学反応を起こしていくかは、けっこう出たとこ勝負のところがありますね。人間関係がどう展開していくかとか、何かが起こるような状況設定とかは、あらかじめ自分の乏しい知識と経験で作っておいても、実際に書くときには使えないことがあるんですよ。そこは書いてみないとわからないほうが、面白いかもしれないと思っています。

 

乃木口 物語というトランクの中に詰め込んでおいて、その出方によって発展させていくということですよね。

 

芦辺 そうなんですよ。「おじさん」が遺品であるトランクにも、いろんなものを詰め込んでいて、それは第一話で書いているんですけど、毎回それとは別のものが出てきたりしました。

 

 

——乃木口さんがうまいこと言ってくれたと思ったら、実は作中のトランクがまさにそうだったと(笑)。

 

芦辺 第四話で欧亜連絡国際列車の切符が出てきますが、これも途中で思いついて、大あわてで資料を取り寄せたら、届いたのが締め切り当日でした。……ひどい話ですね。大昔、「大阪駅や東京駅で、パリ行きやベルリン行きの列車の切符を売っていた」という話をなにかで読んだ記憶があって、「これは使えるんじゃないか」と。

 

——この作品は、歴史的な事実も扱っているし、レトロなモチーフの作品だと言えると思うんですが、作品の雰囲気はモダンですよね。むしろ、現在より文明が進んでいるようにも見える。

 

乃木口 トランクから取り出されるアイテムが時代を超越して見えますよね。それが、今作の「幻想小説」としての部分なのかな、と思います。

 

芦辺 僕は「レトロ趣味」とよく言われるんだけど、それは、今はもうないようなレトロなものが、今のものより先進的だったり尖っていたり革新的だったりすることがあって、そういうものが好きということなんです。古い乗り物のデザインが、今よりかっこよく見えることって、あるでしょう。

 

——主人公が俳優なのは、なぜなんですか?

 

芦辺 なぜなんだろう……?

 

乃木口 僕もそれは気になっていました。前作が音楽だったから、今回は演劇でいこう、ということでしょうか。

 

芦辺 そういう流れで発想したわけではない気がします。海外にも気ままに出かけていく冒険人の「おじさん」のイメージは最初からありましたが、主人公の設定は締め切りギリギリに突然思いついたんです。

 

 

——『おじさんのトランク』の打ち合わせの過程で、編集部からは「父親を書いてください」という提案をしています。それとは関係がありますか?

 

芦辺 この作品の設定が、自分自身のことをそのまま写しているわけではもちろんありません。どこの家庭もどこか普通ではないところがあると思うんですが、僕の生家も必ずしも判で押したような家族ではありませんでした。どこかに不自然さや歪(いびつ)さをかかえた父親的な人間像を追っていく話を考えたとき、それを精神的に余裕を持ってできるのは、ある程度年を重ねた主人公だろう、と考えました。で、調べてきたことを書くか語るか演じるか、何かするんだろう、と。そんなところから、俳優という設定が出てきたのかもしれません。『奇譚を売る店』を書きはじめたときは、「本」をモチーフにするということが、あまりにも自分に近すぎる、安直ではないかという気がして、少し抵抗感がありました。だから、自分から離すように考えていたんですが、結果的に、かつてないほど自分の体験がモロに作品に反映されたんですよ。作中の古書の入札会のようすなんか、まるっきり実体験ですからね。

 

——『奇譚を売る店』で、すごく個人的なお話を書かれていたので、それが今回の提案にも繋がっています。

 

乃木口 『楽譜と旅する男』は全体に美しい話で、悲恋とか、恋愛話がいくつか出てくるんですが、これはピアニストの奥様の影響があるんですか?

 

芦辺 今まで、その種の話はほとんど書いてこなかったんです。こんなに切ない恋愛話を自分が好きだったとは思いませんでしたね(笑)。「ザルツブルクの自動風琴(フレーテンウーア)」とかね。作中にある、夜遅いのにまだ空が白く明るくて、町なかに人っ子ひとりいないシーンは、実際に行ったときに経験したものです。あとでその時の写真を見たら、人いるんですけど(笑)、店が全部閉まっちゃってて、誰もいないように感じた。あとで調べたら、夏至だったようですが。

 

乃木口 すごく綺麗なお話ですよね。最後、音が聞こえてくるような感覚があって。「今までに読んだことのない芦辺拓だ」と思いました。三部作どれも、冒頭は現実から始まって、途中で幻想の世界にシームレスに移り変わっていて、「どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘なんだ」と思わせるような書き方ですよね。ご自身の記憶や体験が元になっている部分があるからなんでしょうか。

 

芦辺 『おじさんのトランク』の全体の構成は、単行本化にあたって加筆修正しているので、雑誌連載時とは少し違っています。作品全体が演劇の舞台のようになっている。そうした理由も、現実と幻想を行き来するようなシーンが多かったからなんです。

 

乃木口 三作のなかでは、一番ミステリ味が強いような気がします。伏線が最後に回収されているのが印象的ですし。

 

 

——この三作それぞれに登場する、重要な意味をもつ創作物は実在していないものばかりですよね。現実の書名や曲名はほとんど出てこない。これはなぜなんでしょう?

 

芦辺 先行作の真似をしたくなかったからじゃないでしょうか(笑)。でも、実在の本や曲を使うつもりは最初からなかったです。作中の多くのシーンは、実体験なんですけどね。だから、ひょっとしたら、今まで興味はあったけれど書かなかったものが、この三作の中には入っているのかもしれない。

 

——芦辺作品のミッシング・リンクなのかもしれませんね。

 

乃木口 しかも、三作それぞれ毛色が違いますよね。「幻想連作短編集」というくくりにはなっていますけれど。

 

芦辺 なかでも、『おじさんのトランク』は、より現実的な世界に、より幻想的な世界が共存している作品になったと思います。一種の舞台的な空間が作れたので、それを楽しんでいただきたいですね。

 

『奇譚を売る店』
芦辺拓/著

 

「また買ってしまった」。何かに導かれたかのように古書店に入り、毎回、本を手にして店を出てしまう「私」──。古書蒐集に憑かれた人間の淫靡な愉悦と悲哀と業に迫り、幻想怪奇の魅力を横溢させた、悪魔的連作短編集。

 

『楽譜と旅する男』
芦辺拓/著

 

依頼があれば、どんな譜面でも必ず見つけ出す楽譜探索人。彼は、古今東西の失われた音楽を探り、そこに秘められた人々の過去を解き明かす。忘れ去られた旋律が再び奏でられるとき、明らかになった事実とは──。連作幻想短編集。

 

『おじさんのトランク 幻燈小劇場』
芦辺拓/著

 

終盤に入った人生を振り返り、老俳優が辿る、ある親族の来歴。謎めいた彼の遺留品が、懐かしい日々に隠された秘密を、古い映写機のように映し出す──。虚実のあわいから人生の意味がしみわたる、幻想のファミリーヒストリー。

 

芦辺拓(あしべ・たく)
1958年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。
1986年、「異類五種」で第2回幻想文学新人賞佳作入選。
1990年、『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞。
2018年、『奇譚を売る店』で第14回酒飲み書店員大賞を受賞。
近著に『楽譜と旅する男』『帝都探偵大戦』『新・二都物語』『少年少女のためのミステリー超入門』などがある。

 

聞き手=乃木口正(のぎぐち・ただし)
1982年、神奈川県生まれ。和光大学表現学部卒。
2012年から同人作家として活動。
文芸サークル「妄人社」代表。

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