赤ちゃんには母乳が一番?「母乳神話」を科学の力で検証する――経済学で考える「家族の幸せ」のウソ・ホント
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bw_manami

2019/08/08

「帝王切開なんてダメ、あんなの本当のお産じゃない」「赤ちゃんには母乳が一番」「子どもが3歳になるまでは、お母さんがつきっきりで子育てしないとダメ」……よく聞く言説ですが、近年の経済学の研究によって、これらはすべて間違いであると証明されています。現在東大で経済学を研究し、本人も子どもをもつ山口慎太郎先生が、データ分析から分かった結婚・出産・子育ての真実を語る『「家族の幸せ」の経済学』(7月18日発売・光文社刊)より、母乳育児とそうでない場合の子どもを比較した実際の調査結果をご紹介します。

※本稿は、山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

 

◆母乳で育った子ども、粉ミルクで育った子ども

 

母乳育児について最も信頼性が高い科学的研究は、1996年にベラルーシで行われたプロビットと呼ばれる母乳育児促進プログラムから生まれています。

 

カナダにあるマギル大学のクラマー教授らが行ったこのプログラムでは、1万7046人の子どもとそのお母さんが対象で、出生時から子どもの健康状態、発達状態を追跡調査しています。最新の調査は子どもが16歳時点で行われました。

 

このプログラムでは、抽選で選ばれた16の病院に所属する医師・看護師・助産師に研修を受けてもらい、お母さんが母乳育児を行う上で必要となる知識や手助けを提供できるようにしました。研修内容は、世界保健機関(WHO)とユニセフによって監修されたものです。

 

一方、抽選で選ばれなかった病院は15あり、これらの病院では特別な研修は行われませんでした。

 

分析の基本的な考え方は、母乳育児促進のための研修を行った病院で生まれた子どもと、行わなかった病院で生まれた子どもを比べることで、母乳育児の効果について理解しようというものです。

 

◆母乳育児で生後1年間の胃腸炎と湿疹が減少

 

このプログラムの目標は、医師・看護師・助産師らに研修を受けさせることによって、最終的にはお母さんの母乳育児を促進するというものです。

 

この目標は、見事に達成され、完全母乳育児(母乳のみを与える)または混合育児(母乳と粉ミルクの併用)を行ったお母さんは大幅に増えました。

 

生後3カ月時点での完全母乳育児の割合は、研修を行った病院で出産したお母さんについては43パーセントと高かった一方、研修を行わなかった病院で出産したお母さんについてはわずか6パーセントでした。

 

6カ月時点での完全母乳育児の割合は、両グループとも大幅に落ちるものの、研修ありでは8パーセントだったのに対して、研修なしでは1パーセントと、やはり研修を行うことで母乳育児が大幅に増えています。

 

では、母乳育児が大幅に増えた結果、子どもの健康にはどのような影響があったのでしょうか。

 

生後1年間の乳児の健康状態を調べたところ、研修ありの病院で生まれた子どもについては感染性胃腸炎とアトピー性湿疹にかかる割合が減っていました。

 

研修の有無以外では両グループの子どもたちに違いはありませんから、これは母乳育児の成果と考えることができます。

 

一方で、発熱・せき・たんを主な症状とする気道感染症については効果が見られませんでした。

 

さらに、何の予兆や既往歴もないまま乳幼児が死に至る原因のわからない病気、乳幼児突然死症候群(SIDS)の発症率も減少しています。

 

2011年の人口動態統計によると、SIDSは赤ちゃん1万人あたり1人と稀にしか発生しませんし、母乳育児がなぜSIDSを減らせるのかについてはよくわかっていませんが、知っておくべき事実です。

 

◆肥満・アレルギー・喘息防止効果は確認できず

 

母乳育児の長期的な効果の一つとしてよく挙げられるのが、子どもの将来の肥満の防止です。

 

このプログラムでは調査が継続して行われたため、母乳育児が肥満の防止に本当に役に立つのか、検証がなされています。

 

身長・体重・肥満度(BMI)に加えて、肥満と相関の高い血圧を6歳半時点で調べましたが、母乳育児はこれらすべてについて影響を与えていないことがわかりました。

 

続けて行われた11歳半時点での調査では、身長、体重、BMI、体脂肪率に加えて、成長に影響を与えるとされるインスリン様成長因子などを調べることで、多角的に肥満に対する影響を評価しました。

 

この調査でも、母乳育児は肥満防止には役立っていないことが示されたのです。

 

さらに、16歳時点で行われた調査でも、BMIや血圧などさまざまな角度から肥満について調べられましたが、ここでも母乳育児は肥満防止につながっていないと確認されました。

 

生後1年については、母乳育児がアトピー性湿疹を減らすという結果をすでに得ていますが、その長期的な効果はどうでしょうか。

 

6歳半時点で行われた調査では、アレルギー・喘息を防ぐ効果は認められませんでした。のちに16歳時点でも喘息とアトピー性湿疹に対する効果が調べられましたが、やはりほとんど効果は見つけられませんでした。

 

◆知能・行動面に対する長期的な効果も確認できず

 

母乳育児が効果を持つと言われるのは主に健康面ですが、子どもの知能や行動面にも影響を持つと考えている専門家もいます。

 

知能発達は将来の学歴・所得・職業・結婚などと強く相関していることはよく知られていますから、子どもの将来を考える親にとっては非常に気になるところです。

 

また、近年の研究では幼少期の問題行動が、成年期の問題行動、極端な場合には犯罪への関与と関係していることが明らかにされているため、知能発達とは別に注目する必要があります。

 

6歳半時点の調査では、知能テストを行うと同時に、学校の先生による子どもの学力評価も検証の対象にしています。分析結果によると、知能テスト・先生の評価のどちらで見ても、母乳育児で育った子どものほうが高い成績を上げていました。

 

母乳の成分が作用しているのか、母乳育児を通じて母子の関わり方が変化することが影響しているのか、そのメカニズムについてはよくわかっていませんが、母乳育児は子どもの知能面の発達に寄与したという興味深い結果が得られました。

 

しかし、残念ながらその効果は長くは続かないようです。16歳時点での知能発達を評価するために、さまざまな角度から知能テストを行いましたが、全体的には、母乳育児は16歳時点での知能発達に有益であるという結果は得られませんでした。

 

行動面に与える効果はどうでしょうか。

 

親と学校の先生が6歳半の子どもについて、問題行動や多動傾向、友人関係などを評価しました。分析によると、親からの評価、学校の先生からの評価のいずれについても、母乳育児の効果を認められませんでした。

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「家族の幸せ」の経済学

「家族の幸せ」の経済学データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実

山口慎太郎(やまぐちしんたろう)

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