2020年に実用化「線虫がん検査とは?――1ミリの「虫」が人類を救う(1)
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bw_manami

2019/08/23

2015年3月、「尿一滴でステージ0のがんを9割の確率で発見できる」という実験結果が公開され、大きな話題となりました。その検査に用いられたのは、たった1ミリの生物! 非常に高い精度でがん患者の尿の匂いを嗅ぎ当てる「線虫」とは、一体何者なのか? 2020年の線虫がん検査「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」実用化で、世界のがん検診・がん治療はどう変わっていくのでしょうか。第1回の今回は、そもそも「線虫」とは何なのか、ご紹介します。
※本稿は、広津崇亮『がん検診は、線虫のしごと 精度は9割「生物診断」が命を救う』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

 

◆「線虫」とは何か?

 

「線虫がん検査」と聞いたとき、大多数の人は「線虫って何?」と思い、次いで「なぜ線虫?」と思ったのではないでしょうか。

 

線虫とは、学術的に言えば、線形動物門に属する動物の総称です。体は細長く、昆虫のような体節や触手や足はなく、目もありません。

 

土壌中にいて根菜類に被害をもたらすネグサレセンチュウのように1ミリ以下のものもいれば、人に寄生するカイチュウのように20~30センチのものもいるなど、サイズはさまざまです。

 

その種類は、一説には1億種以上とも言われています。それが事実なら、500万~1000万種と言われる昆虫をはるかに上回り、地球上で最も種類の多い生物ということになります。

 

研究が進むにつれてどんどん新種が発見されるため、新種が発見されても誰も驚きませんし、全部で何種類いるのか誰にもわからないのです。

 

ところで、「線虫の研究者」というと「線虫学」の研究者だと思われることが多いのですが、私は線虫学の研究者ではありません。

 

線虫学とは線虫そのもの、中でも人や家畜、農作物などに害を及ぼす“寄生性の線虫”の生態や駆除法などを研究する学問です。

 

それに対して、私が行なってきたのは、生物のメカニズムを解明するための研究です。

 

別の言葉で言えば、線虫の駆除法などが応用研究であるのに対して、普遍的な生命現象を明らかにするためのものが基礎研究で、私がしてきたのは後者です。

 

一目で役立つことがわかる応用研究に対して、何をやっているのかわからないのが基礎研究ですから、知られていないのも無理はありませんが、カッコよく言えば「線虫を通して生命そのものを研究してきた」のです。

 

◆有害な「寄生」線虫はほんの一部

 

寄生性の線虫という言葉が出ましたが、「線虫って何?」と聞かれたときにいちばんわかりやすい例といえば、寄生性線虫であるカイチュウやギョウチュウでしょう。

 

今では世界一清潔な国と言われる日本ですが、つい最近まで日本でもこれらの寄生虫はおなじみで、よく知られていたからです。

 

お尻にセロハンをペタンと貼るギョウチュウ検査は、小学校低学年の児童を対象に、1958(昭和33)年以来、50年以上にわたって続けられてきました。ちなみにこのギョウチュウ検査は、感染者が激減したために、九州の一部を除いて2015年度で廃止されました。

 

よく知られた寄生性の線虫としては、ギョウチュウの他に、体長20~30センチで、哺乳類の小腸に寄生し、毒素を出して体調を悪化させるカイチュウ、体長2~3センチ、魚介類に寄生した幼虫を食べると、激しい腹痛や吐き気をともなう食中毒(アニサキス症)を引き起こすアニサキスなどがいます。

 

こうして書き出してみるといかにも凶悪な印象で、「こんな生物を愛しているなんて、どうかしているんじゃないの?」という感じですが(いえ、愛しているわけでは……)、寄生性の有害線虫は、じつは少数派なのです。

 

線虫全体としては、土壌中や海中にいて細菌などの微生物を食べている“自活性の線虫”が圧倒的に多いと考えられており、私が研究している「C. elegans(シー・エレガンス)」も、自活性の線虫です。

 

◆過去3回のノーベル賞を生んだ縁の下の力持ち

 

私たちが開発した世界初の線虫がん検査「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」に用いる線虫シー・エレガンスは、自活性線虫の一種です。

 

「線虫がん検査」というと、寄生性線虫を思い浮かべて、「寄生虫ががんを見つけるのですか?」とか、「線虫を体内に入れたら、がん細胞を食べてくれますか?」などと聞かれることがありますが、そういうことではありません。

 

シー・エレガンスは土壌中にいる線虫で、モデル生物としてさまざまな研究に使われています。モデル生物とは、普遍的な生命現象を解明するための研究に用いられる生物のことで、代表的なものにマウスやショウジョウバエ、酵母、大腸菌などがあります。

 

マウスやショウジョウバエと違ってほとんど知られていませんが、線虫も代表的なモデル生物の一つで、線虫を用いた研究が、なんと過去3回ノーベル賞を受賞しています。

 

1回目は2002年。イギリスの生物学者シドニー・ブレンナーとジョン・サルストン、アメリカの生物学者ロバート・ホロヴィッツの3人が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した研究「器官発生とアポトーシスの遺伝制御に関する発見をした成果」です。

 

シドニー・ブレンナーは、シー・エレガンスの有用性に気づき、モデル生物として確立した人でもあります。

 

2回目が2006年。アメリカの生物学者アンドリュー・ファイアーとクレイグ・メローの2人が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した研究「RNAiの発見」。

 

3回目が2008年。日本の生物学者下村脩、アメリカの化学者マーティン・チャルフィー、アメリカの生化学者ロジャー・Y・チエンが、ノーベル化学賞を受賞した研究「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と開発」。

 

下村博士がノーベル賞を受賞した際のことは、覚えている方も多いでしょう。このときは博士の研究対象だったオワンクラゲが話題を集め、飼育していた水族館の入館者数が一気に増えたほどでした。

 

そのため日本では「オワンクラゲがノーベル賞をもたらした」というイメージですが、下村博士の発見を発展させたのは、じつは線虫でした。

 

まず、下村博士がオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見。その後、別の研究者によってGFPの遺伝子が特定、分離されました。そして、GFPの遺伝子をチャルフィー博士が線虫の神経細胞に組み込み、緑色に光らせることに成功。さらにチエン博士が、GFPをベースに青や黄、赤などさまざまな色の蛍光タンパク質を開発しました。

 

このことが何を意味するかというと、研究対象の細胞や遺伝子にGFP由来の蛍光タンパク質の遺伝子を組み込めば、その細胞やタンパク質を光らせたり、色分けしたりすることができるようになったということです。

 

つまり、細胞や分子が活性化したり動いたりする様子を、光の強さや色の違いで観察できるようになり、生命現象をリアルタイムで見ることが可能になったのです。

 

この技術は瞬く間に広まって、今や生物学や生化学の研究になくてはならないものとなり、私もずいぶんお世話になりました。

 

線虫が感知しているのが本当に匂いなのかどうかを調べる際には、線虫の嗅覚神経に蛍光タンパク質の遺伝子を組み込んで、匂いを感じて嗅覚神経が活性化した瞬間に、パッと色が変わることを確認しています。

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