商業捕鯨に対する懸念
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2019/09/30

クジラ博士こと加藤秀弘氏、大いに語る――IWCと商業捕鯨、そして乳首の謎(2)

 

藤崎慎吾 作家・サイエンスライター

 

商業捕鯨が始まり、何がどう変わるのか? クジラの本当の美味さとは? 前回「日本が脱退して困るのはIWC?」に引き続き、加藤氏のインタビューをお送りする。

 

クジラ博士と藤崎氏、ミンククジラの頭骨を挟んで向き合う

 

■ 捕鯨を科学的で健全な一次産業に

 

脱退を表明してから半年後の6月末日、日本は正式にIWCを去った。そして、すぐに商業捕鯨が再開された。様々なメディアで報道されているところによれば、捕鯨業者はうれしさと不安が相半ばしているようだ。

 

これまでの調査捕鯨では、捕る海域やクジラを選べないなどの制限がある一方、業者は国の研究機関から(間接的に)委託を受けている立場なので、採算性の心配をする必要はなかった。捕れたクジラを販売するのも研究機関だった。商業捕鯨ではクジラの多くいる海域で、大きな獲物を狙うことができる代わりに、自ら鯨肉を販売して経営を維持しなければならない。1960年代に比べれば50分の1以下と、鯨肉の需要が激減している中で、それは果たして可能なのか。

 

しかしクジラ博士が憂慮しているのは、そういう問題ではないようだった。

 

「私は商業捕鯨を復活させたら、捕獲枠が、あるいは捕獲可能量が産業の大きさを決めていくというのが、あるべき姿だと思うんですよ。きっと、この先はこんなんじゃやっていけないという話が起こってくると思うんです。政府でもその移行措置を少しとるようですけど、そういったことも含めて、やっぱり数年間はいろいろ大変なんじゃないですかね。しかし産業として成り立とうが成り立つまいが、科学的に許容できるような漁獲量のもとで産業をつくっていかなきゃいけないわけです」

 

つまり今は科学的な一次産業を育成できるかどうかの、岐路に立っているのだという。何がその障害になりうるかについては、まだ博士にもはっきりと見えてはいない。

 

ただ少なくとも、一部の欧米的な「クジラは賢い動物だから捕ってはいけない」というような観点を持ちこむべきではない。それではIWCにいた時と同じになってしまう。しかし今後も反捕鯨国は、様々な圧力をかけてくるだろう。実際に英国の最大野党である労働党は「国際的なパートナーと協力して商業捕鯨の再開をやめさせる」ことを公約に掲げている。

 

「とにかく資源量とその動向以外の理由で産業に規制をつくるというのは、おかしいんですよ。産業というか、漁獲物の制限をかけるというのは。例えばこのジャガイモは、ジャガイモに見えるかもしれないけど藤崎大明神という神が宿っているから、一切食べてはならんとか、そういうものではないんですよ。科学的な一次産業をやるべきなんです。これは全ての資源利用に通じる考え方だと思います」

 

「科学的な一次産業をやるべき」とクジラ博士

 

日本ではツチクジラやゴンドウクジラ、そしてイルカ類を対象とした小型沿岸捕鯨が、ずっと行われてきた(これらはIWCの対象種ではない)。それらに加えて、今回の商業捕鯨再開ではミンククジラとニタリクジラ、イワシクジラが捕獲を認められた。今年の捕獲枠は、それぞれ52頭、150頭、25頭である。この3種だけが選ばれたのは、実際に科学的な理由なのだろうか。

 

「まず国際捕鯨委員会の中で――脱退したから関係ないんですが――いわゆる資源評価がけっこう終わっていて、RMPの運用試験も完了したり、あるいはある程度進んでいたり、それから資源量情報も日本だけではなくて、そういう国際的な場ですでに認められたものがあると。そういうものを基準にして、今度のRMPを当てはめて、出せるのが3種しかないということです。もう一つは国際海洋法の中に、公海にいる鯨類については国際的なコミュニティの下で管理しなければいけないという条項があり、今のところ捕鯨ができるのは200海里の中だけです。面積的には、日本は国土に比べると排他的経済水域(EEZ)が広いんですけども、その中でやるというのは、やっぱりかなり制限があるということですね」

 

基本的には科学的な理由だが、国際法による規制や、国際社会の目を気にしているところは否めない。今回、対象種にならなかったマッコウクジラなどは、IWCでの資源評価が、まだ終わっていない。しかし「条約にとらわれずに捕るというのなら、こういう科学的情報と方法でこう捕りますといって、研究機関でも水産庁でも、どんどん情報を立ち上げて、国際的にも透明性を確保してやればいい」と博士は言う。

 

■ 鯨肉は加工のしかたで、おいしくなる

 

再開されたばかりで具体的な課題はまだ見えてこないが、クジラ博士の話をうかがっていると、確かに前途洋々というわけにはいかないのだろうな、という予感はしてくる。近所のスーパーで、おいしい鯨肉が手軽に買えるまでには、いくつものハードルがあるようだ。

 

とはいえ庶民の一人としては、ちょっと夢を見てみたい。もし手頃な値段でミンククジラとニタリクジラ、イワシクジラの肉が目の前に並んでいたとしたら、どれを買えばいいだろう。それぞれの味にちがいはあるのだろうか。クジラ博士のおすすめは?

 

「捕ってないですけど、ナガスクジラというのが、いちばんおいしいと言われています。その次がイワシクジラです。で、ミンククジラ。ミンクも南極海産のクロミンクと、普通の北半球産ミンクがあります。最後がニタリクジラですが、ニタリもその時期に食べていた餌生物がオキアミのようなものだと、けっこうナガスにも負けない味になると言われていますよね」

 

「美味しいクジラが食べたい」と藤崎氏

 

クジラの種類は、人によって好みが分かれるかもしれない。それより加工の問題だという話も出た。

 

「鯨類の筋肉というのは、冷凍することによって膨脹して、細胞膜が破れてしまうんです。つまり破裂してしまって、それをガッと急速解凍すると、そこからみんな旨み成分がなくなって『なんだ、これは』というような感じになっちゃう。だから冷凍のしかた、プラス解凍のしかたがけっこうキーになってきます。冷凍ものには、そういう問題がある。それに比べると、氷蔵ものというのがあって、沿岸で捕っているやつなんかは凍らせていない。ずっとチルド状態で、氷蒸しにしています。どの種類でも、これはすごくおいしい状態になります。血液がにじみ出ないので、寿司ネタにもなり得ます」

 

こういう話になると、自然に体が前のめりになってくる。報道でも捕鯨関係者側から「商業捕鯨のメリットは船上での加工による品質の向上だ」という話が、よく出ているようだ。調査捕鯨では大きさや重さの測定、耳垢や胃の内容物の採取といったことが優先され、肉の処理は後まわしにされがちだった。商業捕鯨でも一定の調査は行われるかもしれないが、むしろ血抜きや内臓の処理が優先されて、鮮度の向上が見こめるという。

 

■ ラム肉以上に低カロリーで高タンパク

 

前のめりになったついでに、ヒゲクジラの肉とハクジラの肉のちがいについても聞いてみた。ヒゲクジラとは口の中に歯がなく、代わりに「クジラヒゲ」という食べ物を濾し取る板のようなものがある種類だ。ミンククジラやニタリクジラ、イワシクジラは、これに含まれる。一方でハクジラの口には、犬歯状の歯が並んでいる。ツチクジラやゴンドウクジラ、イルカ類はこの仲間だ。

 

「ハクジラの肉はヘモグロビンが多いし、ミオグロビンもすごくあるからどす黒いんです。味も濃すぎる。そういうのが好きだという地域もあるんですけどね。普通の人には、やっぱりヒゲクジラがおいしいですよ。ヒゲクジラでも、先住民の方が食べていらっしゃいますけど、ホッキョククジラとかコククジラというのは、ナガス、イワシ、ミンクなんかに比べると、ちょっとハクジラ的な感じで、僕にはあまりおいしいとは思えない。でもまあ、こんなのも『昔から自分が食べているのがいちばん』で来た人々にとっては、どれもそれぞれにおいしいのでしょう」

 

「皮も美味いよ」

 

また、おいしいのは肉ばかりではない。

 

「鯨類の特徴は、皮がおいしい。外国では食べないんですけどね。とくにお腹には『畝』という襞が幾筋も並んでいる部分があって、そこはちょっと圧をかけて、塩茹でして、ベーコンにする。これは日本独特なんですけど、おいしい。またイヌイットの人たちは『ムクタク』といって、そのまま皮を食べる。それでビタミン類を補給していくという食べかたもあります」

 

できれば色々と食べ比べてみたいものだ。クジラの肉は牛や豚と比べて低カロリー、高タンパクという特徴もある。「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」によれば、100gあたりのエネルギーは106kcal、タンパク質は24.1g、脂質は0.4gとなっている。これはラム肉より優れていて、むしろマグロの赤身などに近い。おいしくてヘルシーなら、宣伝や普及の方法は、いくらでもありそうだ。

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クジラ博士のフィールド戦記

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加藤秀弘(かとうひでひろ)

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