〈柿くへば……〉正岡子規は、「柿を食べた」から素晴らしい
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ryomiyagi

2019/12/16

 

ただ寒いだけの冬の通学路や、暑いだけの夏の日射しが、詩や小説、歌詞を通して美しい季節に変わった経験はありませんか? 人を好きだという気持ちすら、詩人の言葉で把握した人も少なくないはずです。
今どき「詩歌が好きです」と告白するのはかなり恥ずかしい。殊におじさんにとってはカミングアウトに近い……。しかし、詩人の実人生を映している詩歌は、私たちの人生の役に立ちます。選び抜かれた言葉の間に見え隠れする彼らの喜びや苦悩を、近現代詩歌から紐解いていきます。

 

※本稿は、長山靖生『恥ずかしながら、詩歌が好きです ~近現代詩を味わい、学ぶ~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

■柿を見たら「食う」という感性の、どこが素晴らしいのか

 

正岡子規には食べ物に因んだ短歌や俳句がたくさんあります。

 

子規というとたいていの人が最初に思い出すのは〈柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〉だと思います。

 

侘び寂びた斑鳩の景色のなかに赤い柿の色が映える句ですが、色味だけのことでいえば木になっている柿でもよいのに、食べているところが子規らしいです。

 

これが北原白秋だと、食べません。

 

白秋の詩集『邪宗門』の「晩秋」には〈空高き柿の上枝(ほずえ)を/実はひとつ赤く落ちたり。〉とあり、「あかき木の実」には〈暗きこころのあさあけに、/あかき木の実ぞほの見ゆる。〉というのがありますが、どちらも食べていません。

 

白秋の柿は恋心ないしは情欲の象徴ですが、子規はただひたすら純粋に「食うもの」です。そこに子規の写生精神と個性があらわれているということですね。

 

子規はマンネリ化していた俳句の世界を刷新し、前近代の和歌を短歌へと転換するのに(こちらは専ら歌論によって)大きく貢献しましたが、そういう人が作った句歌のどこが良いのかは「それ以前」と比較してみると見え易くなります。

 

■月並みでも「自分だけのもの」は個性になる

 

日本では昔から人々が集まって句歌を詠んで披露しあう歌会や句会が盛んでした。結社などでは毎月集まってお題を決めて句歌を作る月並み句会などが行なわれていましたが、毎回季節感あるお題が出されるのがふつうでした。

 

俳句には季語があり、俳句も和歌も結社ごとの作風傾向もあり、長年やっていると何となく似通った作品が多くなってきます。

 

月並みという言葉は、現代では平凡とかありきたりとか、良くない意味で使われがちですが、これは子規が月毎に定期的に開かれている句会などで詠まれる作品を「月並俳句」と呼び、批判したことに由来します(でも、平凡な仕事を無難にこなしていくことの大切さ、難しさもおじさんには分かります。無駄なようでも親睦会も大切だし。だいたい和歌や俳句は人付き合いの潤滑油として作られる方が多かったのです。そのようにして作られた作品自体が、しょせんは世間にありふれた景色や気持ちを「ふつう」に表した平凡な言葉でしかないのかもしれません。しかしひとりひとりにとっては、それが「自分だけのもの」です。初恋の思い出は誰にでもあり、自分のそれも世間によくあるようなものだと分かっていても、それはやはりかけがえのないものだというのと同じです。伴侶を失った際の悲しみも、多くの人が味わうにせよ、かけがえのない痛みです。季節の食べ物を楽しみにする気持ちも、絶景を見て美しいと思う気持ちも、他人が既に味わっているからといって「月並みだから」と避ける必要はないでしょう)。

 

そのうえ和歌でも俳句でも、昔に作られた作品を取り込んで改作する本歌取りが盛んで、まあオマージュの類なのですが、純然たる創作というより二次創作的なオタク臭漂うものの方が、むしろ好まれるというのが伝統でした。

 

日本文化は昔からオタク的というか、原本があってそれを「写す/移す=ずらす」のを楽しむ傾向があります。江戸時代の歌舞伎は室町時代の能に出典を求めつつエンタメ度を高め、その能は王朝和歌や『源氏物語』『平家物語』を典拠とした二次創作である……というようなものですね。

 

子規は和歌や俳句の近代化を目指すにあたって、まずそうしたオタク的態度を減じ(全面否定はしません。子規も仲間の内輪ネタは嫌いではありませんでした)、とりあえず二次創作よりも独創を重んじました。

 

子規が唱えた写生というのは、知識を通してではなく自分自身の目で対象を見据え、また自分自身を見つめて作品を作るという態度を重んじるものでした。

 

だから子規の句歌には、自身の好みや生活の細部を切り取った個性があります。そのひとつが食べ物への執着でした。

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