富士“フィルム”は“フィルム事業”から撤退し、万年2番手を脱却した――無謀な挑戦を支えた「未来構想」
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ryomiyagi

2020/03/11

 

外部環境が激しく変わり、プロダクトやサービスのライフサイクルがどんどん短命になる現代では、より早く、より多く新たなビジネスを生み出す組織・人材が必要とされる。イノベーションとは何か? そして継続的に新規事業を創出する企業に共通する「科学」とは。

 

※本稿は、田所雅之『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

■未来志向がないとどうなってしまうか――コダック・モーメント

 

「未来を自らつくっていく覚悟」を持てず、未来構想から逃げてしまうと、企業にはどんな末路が待っているのか? その典型が、よく事例として挙げられるコダックのケースだ。

 

写真フィルムメーカーのコダックの経営は、盤石だった。1970年代あたりから写真フィルムの市場は拡大を続けていたし、写真フィルムの市場規模がピークの1993年段階では70%という圧倒的マーケットシェアを誇っており、競合他社に大差をつけた独走状態にあったのだ。

 

しかし、その状況は一変する。1990年代の後半から同マーケットは、急速に冷え込んでいった。2000年の世界需要と比較して、10年後の2010年のマーケットサイズはなんと10分の1。コダックは市場シュリンクの下り坂を一緒に転げ落ち、そのまま2012年に倒産することになった。

 

コダックはどこで間違えたのか? 写真フィルムの市場が失われた最大の要因……それは「デジタルカメラという究極の代替品の登場」である。この破壊的イノベーションがマーケット構造を激変させ、圧倒的強者だったコダックを市場から駆逐してしまったのである。

 

1995年に、カシオが初めてデジカメを発売したときは、デジタルだったもののスペックはかなり限定されていたし、これが主流のフィルムカメラを駆逐するかどうかは、市場の見方も半信半疑だった。

 

「圧倒的に」フィルムカメラに強かったコダックは、この不確定な状況の中で、「Product Future Market Fit」ではなく、「Product Current Market Fit」を志向した。デジカメの販売も行ったが、自社では開発せずにOEMで展開した。

 

「Product Current Market Fit」が至上命令になると、自社でカニバるような事業は、封印されてしまう。じつは、1975年に世界で初めてデジカメの試作機をつくったのは、コダックのエンジニアだったというのだ。にもかかわらず、同社はデジカメの製造には乗り出さなかった。

 

理由は簡単だ。デジカメ事業は、同社の中核事業だった写真フィルムの販売に深刻なダメージを与えると考えられたのである。こうして、自社内でのカニバリゼーションを避けるため、コダックのデジカメ製造は封印されてしまった。

 

さらにコダックは、2001年にオーフォト(Ofoto)という写真共有サイトを買収している。これをデジタル化への足がかりにするどころか、デジタル写真を「印刷」するためのサービスにつくり変えてしまう。

 

つまり、ここでも写真フィルム市場でのサクセストラップ(成功体験の罠)にとらわれ、プリント写真という「Current Market」にフィットする道を選んでしまったのである。

 

■「トータル・ヘルスケア・カンパニー」という未来構想――富士フイルム

 

これと好対照をなすのが、日本の富士フイルムだ。

 

「富士フイルムがコダックと熾烈な競争を繰り広げていた頃、デジタル化に伴う写真業界の急激な環境変化が起きた」

 

同社会長の古森重隆氏は当時を回顧して、こう語っている。下図にもあるとおり、富士フイルムは写真フィルム市場では1位のコダックにシェアで離される「万年2番手」の位置にあった。デジカメ出現以前にも「写ルンです」などの使い捨てカメラで世間に大きなインパクトを与えていたものの、それでも市場シェアは11%程度。いかに当時のコダックが強かったかがわかる。

 

 

しかし、彼らはデジタル化の波を等閑視したりはしなかった。2004年、古森氏は写真フィルム事業から撤退し、フィルム技術を応用した各種事業への「多角化ピボット」を決断する。

 

この転換は「写真フィルムが売れなくなったので、ちょっと違うマーケットにも手を広げよう」というような生半可なものではなかった。同社のロゴ変更にもその覚悟が見て取れる。彼らは写真フィルムの箱をモチーフにしたお馴染みのマークを削除し、自分たちの過去を築いてきたアイデンティティを脱ぎ捨てたのである。

 

無謀とも言われかねないこの決断をなしえたのは、古森氏に「Future Market」をつくる覚悟があったからだろう。彼の言葉を借りるなら、「自分たちがイノベーションをやらなければ、いずれ他社がやる。ならば、やるしかない」というわけだ。

 

当時起きていたフィルム市場の変化は、トヨタにとっての自動車がなくなるとか、新日鐵にとっての鉄がなくなるようなインパクトを持っていた。だからこそ、古森氏は過去の延長線上にはない「まったく別のロードマップ」を構想してみせた。化粧品・食品・医薬品など、まったく別の分野にフィルム技術を転用し、「予防〜診断〜治療のトータル・ヘルスケア・カンパニーを目指す」と宣言したのである。

 

こうして、富士フイルムは事業の多角化によって右肩上がりで業績を伸ばし、2000年から2007年のあいだで見ると、連結売上はほぼ倍増している。

 

 

 

 

古森氏の「語気」からもわかるとおり、未来構想とは「リーダーシップの発揮」「覚悟」に立脚する。本当にその未来がやってくるかどうか、誰にも確証はない。目の前にない未来を描けば、自社のコア事業の足を引っ張ることになるかもしれない。

 

それでも、外部環境の変化を汲み取りながら、「わが社は5年後/10年後、このロードマップを通じて、こうした顧客体験や顧客成功を実現する!」と宣言して、リーダーシップを発揮できるか。それができない企業は、やはりいずれ「コダック・モーメント」を迎え、ディスラプトされる側に回ることになるのである。

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