ラグビー日本代表の「スクラム」を作り上げた長谷川慎コーチの「2072枚のスライド」
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ryomiyagi

2020/03/26

昨年、史上初のW杯ベスト8進出で日本中を熱狂の渦に巻き込んだラグビー日本代表。その躍進の鍵の一つであるスクラムは、2019年の流行語大賞にも輝いた「ONE TEAM」の象徴である。スクラムの最前線に立つ選手達に、これまであまりスポットが当たることはなかったが、今回のW杯では大きな注目を浴びた。“世界最強”との呼び声高い「日本のスクラム」の裏側で、どんなフィジカル・心理・頭脳戦が行われていたのか? 長谷川慎コーチへの取材の一部をご紹介します。

 

※本稿は、松瀬学『ONE TEAMのスクラム』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

 

■長谷川慎コーチが語る日本代表のスクラム

 

あの熱狂から1カ月半が経った。2019年の師走某日。静岡県盤田市のヤマハ発動機大久保グラウンド。陽が落ちると、風が冷たくなってきた。からだをぶつけるヤマハの選手たちの表情は活き活きとして、独特の熱気がグラウンドには充満していた。

 

フルコンタクトのラインアウトの練習中だった。日本代表のスクラムコーチを務めていた長谷川慎さんの甲高い声がとぶ。

 

「ゲームライク! ゲームライク!」

 

試合のようにやれ、ということである。ゲームのごとく、チーム間の確認は素早く済ませ、ラインアウトの陣形をとろうぜ。本気で相手をつぶしにいけと。

 

照明がつく。簡素な観客席にはパラパラとヤマハを応援するファンが陣取っていて、呑気な雰囲気が漂っていた。周りの木立から鳥の鳴き声が聞こえてくる。スクラムの練習に移る。8人同士がどんとぶつかる。レギュラー組のフォワード(FW)が押される。緑の芝がめくれた。すかさず、慎さんの声が響く。

 

「はい。待ったら負け、待ったら負け」

 

なぜ、押されたのか。どこが悪いのか。「どうして?」。フォワードが円陣をつくって短いトークを始める。ひとつひとつのディテール(細部)の確認をする。もう、いっちょ。いいスクラムだった。

 

「オッケー。よくなったよ。よくなった」

 

躍進した日本代表のスクラムを指導した長谷川慎コーチ。日本ならではのスクラム理論をつくり上げ、信念と愛情を持って選手たちに落とし込んだ。モットーが「選手の成長のスピードを上げること」。

 

慎さんは1972年3月、京都で生まれた。4歳からラグビーをはじめる。京都七条中学から東山高、中央大と進み、サントリーに入社した。プロップとして活躍した。スクラム理論と指導術は日本ナンバーワンだ。

 

ラグビーワールドカップ(W杯)は1999年大会、2003年大会に出場した。キャップは40を数える。サントリー、ヤマハ発動機でコーチを務める。スーパーラグビーの日本チーム、サンウルブズでも指導した。

 

慎さんは3年の時間をかけて世界に通用する強力FWをつくり上げた。とくにスクラムで力を発揮させ、2019年のラグビーW杯での快挙を実現させた。選手たちは誰もが、「シンさんのスクラム」と口にした。日本代表のスクラムは、シンさん抜きには語れない。

 

シンさんは多忙を極め、インタビューのアポ取りは難航した。だが、そこは人のいい慎さん。ヤマハの練習後、やっとのことで実現した。練習が終わる。厳しい表情が消え、細い目をさらに細くして笑いながら、慎さんの愛嬌ある声が遠くから飛んできた。

 

「センパ〜イ」

 

練習グラウンド脇のクラブハウスの2階のミーティング室でインタビューは決行された。もう、オモシロいのなんのって。スクラムの深奥に触れる話がぽんぽん出てくる。ああ磐田に来てよかった。

 

スクラム談義は熱を帯び、40分間の予定の至福のインタビューは1時間半余、続いたのだった。

 

■選手の質問を想定し、全ての答えを準備していた

 

ーーシンさんのスクラムとは、言い換えれば、シンさんが目指したスクラムとはどういったものだったのでしょうか。

 

「僕が常に言ってきたことは、力を漏らさないスクラムです。8人全員の力を使って、しっかり組めば、“もういけるよ”と選手たちを洗脳していましたね」

 

ーーシンは力なりですね。信じてやり切ったという印象です。信じさせるため、どうすればいいんですか。

 

「どうすりゃいいのって……。僕はたぶん、選手からこういった質問がくるな、そうきたら、こうなるというのを全部、想定して答えをつくっていました。“こうなったら、スクラムのひずみが出るけど、どう対応すればいいのですか”とか。こう、全部、なんでしょ、準備していました。どの練習をどういう順番ですればいいのか、疑問にどう答えればいいのか」

 

ーー例えば?

 

「例えば、僕がフロントローに“フロントローは押すな”と言う。いやいや、フロントローは押すものでしょ、とくるわけです。そこで、なんでフロントローに押すなと言ったか、その理由をフォワード全員に説明していくわけです。

 

うしろ5人が押せばいい。それを理解してくれれば、もっと違うスクラムになっていくんです。例えば、フランカーがこう押している。アングル(角度)をつけて押すのはなぜか、と教える。フランカーのアングルに関していえば、それをワールドカップ前にタテ気味に戻したんです。もちろん、戻す理由も説明しました」

 

ーーそれは、フランカーの臀部が開きすぎたら、レフリーにペナルティーをとられるからじゃないですか。

 

「もちろん、それはあります。ただ、理由はひとつだけじゃない。

 

(※2019年7月、スクラムを組む際のルール解釈が変更され、レフリーの「セット」のコール前に、FW第1列の選手は自分の頭を相手側選手の首や肩に触れてはいけない決まりになった。結果、セット前の両チームのFW第1列同士の間隔は少し、開いた)

 

(ルール解釈の変更後)相手とヒットする距離がもっとあったんです。相手とぶつかったら、どうしても(プロップの)足が開いてしまいます。でも、慣れてくると、ヒットしても、(プロップは)ケツをそんなに開かないんです。ということは、(プロップの臀部や足の開きを)抑えることより、(自分の)体重を前に持っていこうと、微調整したわけです。

 

最終的に、ヒットしても、フロントローはどんどん(臀部や足を)開かなくなってきた。同じ方向を向けるようになってきた。ということは、フランカーはもう、(臀部の開きを)止めなくていい。レフリーもちょうど、“開くな”と言っているから、まっすぐいこうかと」

 

■神は細部に宿る。2072枚のスライド

 

ーースクラムの指導は難しいでしょ。

 

「やっぱり、僕の理想とする位置に足を置いてもらわないとダメですね。8人が理想の姿勢をずっとキープするとか。スクラムを組みながら、右にいったり、左にいったり、前にいったり、うしろにいったり、上下したりしながら、足をどこに置いていないといけないとか。

 

僕は映像を見せながら、話をするんです。選手は実際そういう風にやるとラクになっていくわけです。足の位置、最初はいろんなところに置いていたのを、あと3センチ、前に出してなどと言います。

 

ひざが伸びているからきついんやって。もっとラクに組むためには、あと1センチ足を前に出したら、ひざの角度がこうなって、うしろのナンバー8が押してくれるよ、助けてくれるよ、と言います。みんながやってくれたらラクになるから、って。そうしたら、選手はやるんです」

 

ーー3センチって細かい指示ですよね。

 

「例えば、“3センチ”って言ったら、みんな5センチ動きます。1センチって言ったら、3センチなんです。ほんとうはね、1センチ単位ってそんな細かくは無理ですよ。ま、姫野(和樹=ナンバー8)とか、マジメだから、1センチではなく、2センチ動いてもいいですか、と聞いてくる。どうでもいいと(爆笑)。どうでもいい。“3センチ”と言ったら、あいつら5センチ、10センチ動くから、3センチ動いてほしい時には、“1センチちょっと前に出して”と言っていました」

 

ーー指導は精密機器の時計のごとく、繊細でした。過去の指導内容をデータ化したスライドは現在、2072枚にまで達しました。すごいものです。

 

「そうですね。とにかく言葉にして、映像見せて、やっていきました。パソコンで整理しました。スライドを抜粋して、自分でまとめてみると、2072枚になったのです。だから、つくった資料はもっと多いんです」

 

■まずは言葉で話して、頭で理解できているかどうか

 

ーーシンさん、練習の時、「間合い」という言葉を使っていました。稲垣啓太選手、堀江翔太選手、具智元選手にも聞いたんです。間合いってナンですか? と。

 

「なんか、聞かれ方が、僕と、フロントローの理解との整合性がとれているかどうか試されているような。はっはっは。なんか、すごく難しいですね」

 

ーー大丈夫です。3人も微妙に理解が違いましたから。具智元選手は「自分たちが100%、相手は70%の力になるような距離」と表現しました。あるいは、堀江選手は「相手が嫌がる距離」と言いました。

 

「僕の言う間合いは、相手を窮屈にする(組み合う前のフロントロー同士の)距離だったんですね。僕らは窮屈な姿勢になっても組めるんです。窮屈になっても大丈夫な、ディテールがあるからです」

 

ーーどんなディテールですか。

 

「もう1個1個ですね。例えば、スパイクの4ポイント(スタッド)とか。ポイントは(1足8個のうち)4つをちゃんと芝にかけるといったことです。あるいは、組む前、相手フロントローをどの位置で見るかとか。背中はどうなっているのか。パック(バインド)はどうなっているのか。1個1個がちゃんとしているので崩れないんです。

 

でも、相手チームは窮屈な姿勢になったら、例えば、前に出てくるやつもいれば、重心を下げて窮屈(な状態)から逃げるやつもいる。横に逃げるやつもいるかもしれない。フロントローがそうなると、バックファイブ(ロックとフランカー、ナンバー8)も全部、崩れていくんです。そういう状態をつくりたかったのです。でも、俺らは、そういう窮屈な時でも、崩れへん状態がちゃんとできているのです」

 

ーーそれは練習の成果ですか。

 

「練習というより、まずは頭で理解しているかどうかじゃないですか。どういうスクラムを組みたいか。相手をどういうカタチにして、自分らがどういう状況になりたいのかということを、ちゃんと言葉で話して、頭で理解できているか、できていないかで、いろいろと変わってくると思います」

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ONE TEAMのスクラム日本代表はどう強くなったのか? 増補改訂版『スクラム』

松瀬学(まつせまなぶ)

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