限界集落で「なるべく働かずに生きていく」“山奥ニート”とは何者?
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ryomiyagi

2020/05/11

“山奥ニート”の暮らす限界集落

 

和歌山の過疎集落でひきこもり生活を送る“山奥ニート”をご存じだろうか。

 

最寄り駅から車で約120分の山奥で集団生活を営む、15人のニートたち。

 

「なるべく働かずに生きていく」ことを実践する彼らの居住地は廃校となった元小学校で、家賃はタダ。

 

生活費は月に1万8000円あればまかなえる。主な収入源は、紀州梅の収穫や草取りなど、集落のお爺さんお婆さんの手伝いをしたりして得たおこづかいだ。

 

“山奥ニート”の暮らしの中に、「一生懸命働いてお金を稼ぐ」という価値観はない。あったとしてもごくごく希薄で、「苦手な人間関係がないこと」「自分のための仕事だと思えること」などの条件が必須である。

 

この生活を見て、「働かざるもの食うべからず!」と眉間にギュッとしわを寄せるか、「自分もそうしたい!」と前のめりになるかは人それぞれだろう。

 

“山奥ニート”の生き方に触れると、自分が思い込んでいる「〇〇すべき」という固定観念や思考の枠組みが浮き彫りになる。

 

たとえば、今現在の日本社会で「当たり前」と言われている働き方が合わない人がいたとしよう。

 

それでも無理して我慢してまわりに合わせて働き続けてしまうのは、「食べていくにはそれしか選択肢がない」という思い込みがあるからだ。

 

でも本当は、「“山奥ニート”みたいな選択肢がある」。

 

このことを頭の片隅に入れておくだけで、少し気がラクにならないだろうか。

 

“山奥ニート”の石井あらた氏の言葉を引用しよう。

 

人にはそれぞれ、自分に合った履き物がある。
なのに、今は既製品の靴に、無理に足を押し込んで履いている。
だから、歩いているうちにすぐ足が痛くなる。それじゃダメだ。
靴に足を合わせるんじゃなく、足に靴を合わせなきゃいけない。
昔わらじを自分に編んだように、自分に合わせた履き物を作る。
そうすれば、足は傷つかず、どこまでも歩いていける。
自分専用のわらじをじっくり作る、そのための時間と場所が必要だ。
(『「山奥ニート」やってます。』石井あらた著/光文社刊)

 

この「自分専用のわらじをじっくり作る、そのための時間と場所」のひとつの例が“山奥ニート”の暮らしだ(探せばほかにもいろいろあるに違いない)。

 

「どうせモラトリアムにすぎない」というツッコミが聞こえてくるようだが、モラトリアムで何が悪い? 社会復帰できなくなる? 合わない環境で体やメンタルを壊したら、社会復帰も何もあったもんじゃない。

 

「将来が不安じゃないのか」という疑問に関して、前述の石井氏は「(将来への)一番いい備えは、怪我や病気をしたときのために貯金することじゃなくて、自分ができることを増やしていくことなんじゃないだろうか」と述べている。

 

実際、山奥の暮らしでは必然的に「できること」が増えていく。

 

鹿を解体してみんなで食べたり、ペーパードライバーがマニュアルの軽トラで山道を運転できるようになったり、自分のつくったご飯をみんながうまいうまいと食べてくれて自信をつけたり、“いじり”や“マウンティング”とは無縁の生活でコミュニケーションを楽しめるようになったり。

 

いわゆる仕事のスキルではないが、合わない労働環境ですり減らした自己肯定感や自尊心を回復させるには十分だ。

 

それに、山奥で得たスキルがいつなんどき役に立つかなんて誰にもわからない。

 

だって、これからの社会がどうなるかなんて誰にもわからないのだ。

 

特に今は、コロナ禍のあとに訪れる社会を不安と恐怖とともに待機している状態。

 

そんなときにできることは、これまでの「当たり前」を「当たり前」と思い込まずに、枠組みを超えた視点や選択肢を増やしていくことだろう。

 

『「山奥ニート」やってます。』で描かれる“山奥ニート”の暮らしぶりを眺めることは、きっとその一端になるに違いない。

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「山奥ニート」やってます。

「山奥ニート」やってます。

石井 あらた

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