今も昔も恋する気持ちは変わらない。古くも新しい『曽根崎心中』
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ryomiyagi

2020/07/31

 

世界の名作戯曲を読みやすい現代語訳で小説化した「小説で読む名作戯曲シリーズ」。

 

江戸時代に人形浄瑠璃や歌舞伎の作品を数多く書いた近松門左衛門の代表作『曽根崎心中』を新しい言葉で書くのは、歴史小説家の黒澤はゆまさん。古くも新しい物語世界が広がっている。

 

日本のシェークスピアと呼ばれることもある近松門左衛門が生きた時代は、まさに歌舞伎や文楽の成熟期。近松は武士や貴族、町人たちの生活を描いた人形浄瑠璃を100以上も書き残している。

 

元禄16年4月に大阪の曽根崎で実際に起こったとされる若い男女の心中事件をもとに作られた『曽根崎心中』は、若者の純粋さゆえの悲劇という人間ドラマが評判を呼んで、1703年に大阪の竹本座で初演、大ヒットとなった。

 

お初には恋する相手がいるが、遊女である彼女は自由に結婚できる身分ではない。この先、仲間たちのように性病か出産で命を落とすかもしれない。あるいは遣り手のおばあさんのように廓のなかで生計を得る道を覚えるか。お初を愛する男、徳兵衛のほうには彼女を買い上げる財力がない。しかも徳兵衛は友人に金を騙し取られたことがきっかけで、商人として一番大切な信用を失ってしまう。いまでは追われる身だ。

 

二人の恋はどうしたって八方塞がり。お初はどうせ生きて結ばれることがないのなら天国で夫婦になりたい、一緒に死のうと徳兵衛に迫る。主人公たちは破滅を迎えるが、この世で成し遂げられなかった想いをあの世で果たすという日本的な愛の物語は、さぞかし当時の人々の胸を打っただろう。

 

今も昔も、恋する気持ちは変わらない。徳兵衛がお初へ向ける愛、不安や悦び、信じていた人に裏切られ居場所を失くした徳兵衛の切なさ、死の旅へと赴く恋人たちの悲しみが、小説という形になることで、今の時代を生きる若い読者にいっそう受け入れやすくなったように思える。

 

ひらがなが多めで読みやすいうえ、テンポの良い語り口もいい。戯曲を小説で読むことの楽しさは、なんといっても情景が浮かびやすくなることだろう。

 

小説家の手によって物語の空気感が描かれることで、登場人物の心の緊張がいっそう伝わりやすくなったように思う。巧みに練り上げられた舞台や登場人物の設定が、想像力の力を借りて生まれ変わる様は読んでいて楽しい。

 

もちろん、戯曲には戯曲ならではの面白さがある。原作と読み比べてみれば、いっそう面白い読書体験ができるはずだ。

 

「小説で読む名作戯曲シリーズ」は夢中になると、2時間どころではない。我を忘れてすらすら読めてしまう。文楽や歌舞伎好きだけでなく、幅広い世代に読んでほしい一冊。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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この記事の書籍

曽根崎心中

曽根崎心中小説で読む名作戯曲

近松門左衛門/原作 黒澤はゆま/小説

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