それぞれ言葉を知ることが境界を越えることにつながる|多和田葉子さん『星に仄めかされて』
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ryomiyagi

2020/08/01

 

(C)Koeln Micro

 

ドイツ在住で、日本語とドイツ語で小説や詩を発表する多和田葉子さんはノーベル文学賞の予想に名前が挙がる世界的作家。新刊は「こういう書き出しで書きたいと思って書き始めたらこうなった」と語ります。日本が消えた世界で若者たちが言語を巡る旅をする、愉楽に満ちた物語です。

 

人間は土地の共有ではなく、お互いに使っている言葉で結びつくのだと思う

 

星に仄めかされて
講談社

 

’16年にドイツのクライスト賞を日本人で初めて受賞し、’18年には『献灯使』で全米図書賞翻訳文学部門を受賞するなど国内外で高く評価されている多和田葉子さん。’18年に初の長編3部作の第1部『地球にちりばめられて』を発表、文学界の耳目を集めました。新作『星に仄めかされて』はその続編。もちろん、前作を読んでいなくても心配無用です。

 

 主人公は北欧に留学中に、母国が消えてしまった女性Hiruko。スカンジナビア人ならだいたい意味がわかる手作り言語「パンスカ」を発明した彼女は、デンマークに住む言語学者の卵・クヌートとともに自分と同じ母語を話す人間を探す旅に出ます。旅の途中、女性として生きるインド人男性のアカッシュや、日本人のふりをしていたエスキモーのナヌーク、同郷人と思われるSusanooに出会います。しかし、Susanooは言葉を発しません。失語症ではないかと考えたクヌートは専門家の医師・ベルマーを紹介。本作はSusanooが入院することになったベルマーが勤める病院が主な舞台です。そこにクヌートやHiruko、さらに友人のナヌークらも集まり……。

 

 多和田さんは語ります。

 

「これまでは旅をする人の話をたくさん書いてきたので、今度はソファにゴロンと寝転がっているような人を書きたいというところから第1部は始まりました。これがクヌートのイメージと重なったわけですが、結局、旅に出てしまって(笑)。それで本作では閉じこもるイメージが浮かび、病院が舞台になりました。最初からHirukoのような、世界に対して開かれていて外のことを知りたがる女性と、Susanooのような、黙り方が暗くて爆発したらどうなるかわからない男性はイメージしていました。Susanooは日本の中年以上の男性のイメージです」

 

 Hirukoといえばイザナギとイザナミが最初に創った神がヒルコ。Susanooといえばスサノオノミコト。名前からわかるように日本の神話をモチーフにしていますが、Hirukoの出身も「中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島」と紹介され、“日本”という言葉は一度も登場しません。

 

「40年近くドイツに住んでいますが、日本のことはフィクションのように感じています。日本文化や和食が好きだという人はドイツにもたくさんいますし日本語を話す人もたくさんいます。でも“日本という国が存在している実感がない”というのが日常的な感覚。だから“日本という国はもうない”といわれても全然驚きません(笑)。でも言葉は違う。私は個人の人生と言語は深く結びついていると思っています。人間は土地の共有ではなく、お互いに使っている言葉で結びつく、と。だからこそ、言葉をきっかけにするといろいろなことが考えられます」

 

 後半、病院の半地下で働く少年ムンンがみんなに星をプレゼントする象徴的なシーンがあります。

 

「人間がどれだけ境界線を引いて国境を作ろうと、星から見てみると地球というものが一つの大きな国。人間がそれぞれ固有の言語や文化を知り、考えることで境界を越えて地球は一つになっていくのではないでしょうか。生きている間に第3次世界大戦が起こることを私はいちばん恐れていましたが、今回、新型コロナウイルスが登場して軽々と国境を越えていき、思いもかけない方向から課題を与えられた気がしています。人類が境界線を越えて、一つにならなければ解決できない課題ですから」

 

 柔らかい筆致のなかに謎があり、言葉遊びがあり、ユーモアもあり、ページをめくるたびに発見も! 

 

何度でも読み返したい一冊です。

 

■多和田さんの本棚から

 

おすすめの1冊

魔の山』岩波書店
トーマス・マン 著
関 泰祐・望月市恵  訳

 

「ごく平凡な青年がはからずもスイスのサナトリウムで療養生活を送ることになる。そこでいろいろ変わった人たちと出会い、豊かな話を聞き、精神的に成長する物語。いろいろな訳も出ていますから読み比べても楽しい」

 

PROFILE
たわだ・ようこ◎’60年、東京生まれ。’93年『犬婿入り』で芥川賞、’03年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞、’09年には国際的な文学活動が評価されて坪内逍遙大賞、’11年『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年『雲をつかむ話』で読売文学賞と文部科学大臣賞(文学部門)受賞。ドイツ語で書いた作品群で’96年シャミッソー賞、’05年、ゲーテ・メダル、’16年クライスト賞、’18年『献灯使』で全米図書賞翻訳部門受賞。

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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