乳は口ほどにものを言う。沸き立つ疑問を軽妙な語り口で紐解くうんちく本――鹿島茂『関係者以外立ち読み禁止 乳房とサルトル』
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BW_machida

2020/08/12

 

先史時代から古代文明の発祥までは、たとえば飢餓があってもそれを力強く乗り越えて生き抜いていけるように、授乳に適した健康的で大きな乳房が好まれていたらしい。乳房こそが、男性が配偶者を選ぶ際の最大のチェックポイントだったわけだ。

 

やがて文明が発達すると、小さな胸が称賛されるようになり、ローマ人は垂れ下がってゆれる乳房を持つ女を軽蔑するようになる。それどころか、乳房を小さくするための奇妙な薬まで出回ったという。

 

最近の乳房事情はどうなっているかといえば、つい数年前まで、ハリウッドでも小さい胸がセレブ達のあいだで流行していた。かと思えば、雑誌では華やかなドレスからはみ出た巨乳の谷間が称賛されていたりして、まだまだ大きい乳房の方が優勢のようだ。

 

そう、乳房は大きくなったり、小さくなったりしながら、しかしそれだけではなく、決しておろそかにできない時代的要因を含んでいるのである。

 

とはいえ、本書で取り上げるのはブラジャーの話でもなければ、良いオッパイの話でもない。「なぜ世の男性は巨乳ばかりをちやほやするのか」という乳房の社会史に触れたかと思えば、「フランス人はなぜキスが好きか」へと話題が飛び、NHK教育テレビの「きょうの料理」に登場する男性アナウンサーの好感度の正体を「おままごとボーイ」と名付け、さらに「マロニエの木の根っこの会」ではサルトルとオタクの関連性について触れ、やがて話題は権力を握ることによって仕事の自由度を上げた、脱サラしてラーメン店を開く「ラーメンサラリーマン」へと移ってゆく。

 

著者の頭のなかをぐるぐると駆けめぐる「なぜ?」「どうして?」「どうやって?」がああでもない、こうでもないと組み替えられ、締めくくりの一言までが面白い。

 

たとえば、日本は中国から多くの文物や制度を輸入してきたが、唯一、宦官のシステムだけは輸入しなかった。宦官にもいろんな種類があって、驚くべきことに幼児期に性器の切除を受けた宦官のなかには、性器が再生ないし部分的に回復するものもいたらしい。ほかにも初めからワイロを目的に、部分切除で止めてもらって宮中に入り込み、その後「玉茎再生薬」なるものを服用して立派な男になる者もいたとか。

 

大なり小なり女色を楽しみたいという人間欲求の強さをひしひしと感じさせる。無くなったものが再生するという人間の生命力も恐ろしいが、男たちの果てしない欲望もまた末恐ろしい。

 

刺激的な、しかしよくわからないタイトル同様、本の中身も、読者を裏切らない刺激的な内容となっている。

 

関係者以外立ち読み禁止 乳房とサルトル
鹿島茂/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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