溢れだす性と水に沈んでゆく体――中上健次『水の女』
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BW_machida

2020/08/14

 

まるで、湿った、水浸しの本を読んでいるよう。気が付くと、細い手首に誘われて、どこか暗く、深い水の底へと沈んでいくような奇妙な感じのさせられる連作短編集だった。

 

そんな気分にさせられたのは、うんざりするほどの露骨な性描写と、その性行為を浄化させるかのように「雨」や「水」が効果的に使われているせいかもしれない。

 

どの作品に登場する男も女も、全身でぶつかりあう欲情に任せた荒々しい情交のなかに、水の存在を感じている。まるで救済のように、物語のなかに水が繰り返し現れるのだ。

 

愛抜きの性的に対等な男女は、「女の股間に打ちつけすぎたために陰嚢がだるく」なり「恥骨が甘く痛む」までセックスする。ここでは、女は最初から最後まで「女」としか呼ばれない。家庭的な性役割も持たないこの「女」は、セックスをするために帰ってくる男を待つだけで、男のために掃除もしなければ食事も作らない。二人はセックスの他にいかなる生活を共有しようとしないし、会話もしない。二人のあいだには、そもそも会話をする必要がないのだ。

 

コミュニケーションを欠き、心理的なものさえ欠いた、あまりにも動物的で愛抜きの性的に対等な男女同士を描いた「赫髪」は、性というぎりぎりに切り詰められた男女の関係を描いたスーパーポルノグラフィーだ。そして、股間がしびれるほどのセックスのあと、部屋のカーテンを引くと白んだ外には雨が降っている。

 

背後に山が迫った海辺の町を舞台に、無力な若い嫁だったシノが、夫が大事に飼っていた鷹を棒で打ち据えたことをきっかけに変化してゆく様を描いた「鷹を飼う家」。

 

ここでも水は浄化の役割を担っている。鷹を殺したシノは「穢れが洗い浄められる」といって母親に差し出された水を飲む。

 

短編集のトリに配された「鬼」では、セックスの最中に女が男の舌を噛んで流血させ、熱く煮えたぎる風呂に優しい声で誘う。ゾッとする情景だが、女はいつも湯に体を沈めると「自分の体に湯が入り込み」体の中からまだ一度も男が触れたことのない生娘の自分に戻る気がすると語る。

 

どこへも行き場のない登場人物たちにとって、性は社会からの出口の一つであるのかもしれない。虚無や孤独や激情で膨らんだ体から、時折どうしようもない愛しさがこぼれ出す瞬間があって、それがはっとするほど悲しくて、心を揺さぶられる。

 

即物的でリアリスティック、剥き出しになった性の世界が堪能できる短編集だ。

 

水の女
中上健次/著(作品社)

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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