顔はメンタルからしか変わらない セレブを魅了するエステティシャンのマッサージ美容法(2)
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ryomiyagi

2020/08/19

レディー・ガガの専属フェイシャリストを務め、ハリウッドセレブなどへの施術も行う、米国のトップ・エステティシャンのジュミ・ソンさん。彼女の美容法やマッサージのエッセンスが詰まった著書『世界一のフェイシャル・マジック』発売を記念し、全6回にわたり、美しくなるためのアドバイスをお伝えします。

 

 

心が整えば顔はどんどん美しくなる

 

みなさん、こんにちは。ジュミ・ソンです。
私は常々、「美しくなるためには、まずメンタルを整えることが何よりも重要です」と主張しています。
というよりも、メンタルを変えなければ顔が変わりません。これはよくある精神論などではなく、本当に、正真正銘、現実にそうなのです。

 

顔というのは、けっこう変わるものだということを、実感として知っている方は多いと思います。そしてそれは心の持ちようの部分がものすごく大きい。
たとえば責任あるポジションについた人が急に大人っぽくなったとか、幸せな恋をしている人が温和な雰囲気になったとか、みなさんも周囲の人の顔つきの変化に気づいた経験があるのではないでしょうか。
心の持ちようは、顔つきに少なからぬ影響を与えます。そして長い間に、それはどんどん蓄積して大きな違いとなっていきます。

 

誰かの理想の顔を追いかけるのはやめて、生まれつきの美しさを磨こう

 

ということは、「美しさは生まれつき決まっていて、自分ではどうにもできないものだ」という考えが間違いだということがわかりますよね。
鼻は高いほうがいいとか、目が大きいほうがいいとか、一般的な美の基準はあるかもしれません。でも人間というのは、自分が幸せで、自分に自信を持ち、自分がすべきことを精一杯して、自分に満足していれば、それが正直に顔に出てくるものです。
私のもとには、さまざまな事情で肌や顔の筋肉にトラブルがあり、言い方は悪いですがほかで匙を投げられた方が評判を聞きつけて、藁をもすがる思いでやってくることが多い。そういう方に私はこう言います。

 

「自分の肌を好きになるためにも、1日5分でいいから自分の手でマッサージをして。マッサージをすることで、自分の肌の状態がわかるでしょう。自分の肌と対話をすることでメンタルが整っていくし、顔も変わっていくよ」

 

自分ができる限りのことをして、自分という人間を知っていくことによって、怖いものがなくなっていきます。老化ですら怖くなくなります。

 

反対に、「男性にとっての理想の女性像」とか、「女性はこうであるべき」という虚像を追いかけていると、どこにも終わりがありません。私のクライアントにはハリウッドセレブも多いのですが、そういった方々のように、自由になるお金があればなおさらです。さまざまなエステや美容医療、整形などを繰り返し、結局みんな似たような顔になっていく。それがはたして、皆さんのなりたい顔なのでしょうか?

 

アメリカの大都会ではそういった、決して若く見えるわけでもなく、歳をとって見えるわけでもない不思議な顔が、街中にいます。

 

仮に整形外科医の先生が、ギリシャの女神の顔を「理想の顔」とし、それをベースに、ヒアルロン酸やボトックス注射などをしたとします。でもそうやって無理やり他人の理想に近づけられた顔は、すでに自分の顔ではないでしょう。

 

もともと自分が持っていないものを顔に付け足すと、なんとなく人工的な感じの顔になります。目なら目だけを理想に当てはめた場合、自分の生まれつきの美しさのバランスが崩れてしまい、妙にちぐはぐになってしまう。さらにそれをキープアップしようとしていくと、どんなにきれいでも、なんとなく違和感を覚える顔になっていきます。やはり自然ではないからでしょう。

 

かくいう私も、実は高校生のときに目を二重にしています。私は在日韓国人ですが、韓国人にとって美容整形は特に恥ずべきことではなく、きれいになるために利用できるものはする、というだけのこと。

 

私の目は小さくはなかったけれど、奥二重でちょっと長細かったので、小さいころから何となく「大きくなったら目は二重にするもの」と思っていました。目を大きくして男性が好む見た目になるのは、いい奥さんになるための準備のひとつ。それが私の前に用意されていた道だったので、それを疑問に思うこともなく受け入れていました。

 

考えてみれば私たちは目が大きくて、顔が小さくて、肌が白い人がきれいなんだと幼いころから刷り込まれています。

 

「個性のある美を目指そう」ではなく、「この芸能人みたいな顔になりなさい」というふうに小さいころから言われているから、美しい顔とはこういうものだと思い込んでしまうのです。

 

一重まぶたより二重まぶたのほうがいいというのも、周囲から教え込まれた価値観にすぎません。もしも私がアメリカで生まれていたら、アジア人特有の切れ長の目が自慢だったかもしれない。アメリカでは目が大きい人や、鼻の高い人ばかりなので、そこにあまり価値はない。むしろアジア人の小づくりな目鼻立ちが高く評価されるのです。

 

40代になる今、「もしあのとき整形をしていなかったら、どんな人生になっていたんだろう」とよく考えます。私は若い頃、いろいろなことに迷って回り道をしたのですが、「もし整形していなければ、あんなに迷わずにすんだんじゃないかな」と思ってしまう。
別に整形を勧めた親を責めるつもりはありませんが、整形をしないありのままの自分だったら、もっと最短距離で自分の道に行けたのではないか。そんなふうに思う日もあるのです。

 

文/長山清子

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