寂聴「小さな石ころに拝んでもいい」コロナに克つ祈りの効き目とは
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写真・篠山紀信

 

昨年末に中国・武漢で新型ウィルスが発生して以来、196の国や地域で、少なくとも2171万9870人の感染が確認され、およそ1339万9500人が回復したとされるが、同ウィルスによる死者数は、77万429人と増加の一途をたどっている。これらの統計は各国当局よりWHOに提供されたデータに基づくもので、実際の感染者数はこれより多いとみられる。(AFPより一部抜粋。2020年8月17日現在)

 

今や国内では、これまで盛んに言われた「自粛警察」や「マスク警察」に加えて、お盆を迎えての「帰省警察」なるものまでが各地に出現しているらしい。この日本人特有といわれる同調圧力を象徴するような、不気味な相互監視が密かに行われる中、救いの一冊に出会った。
瀬戸内寂聴先生と先生の秘書を長年務める瀬尾まなほさんによる緊急対談、『寂聴先生、コロナ時代の「私たちの生き方」教えてください!』(光文社刊)だ。

 

「100年近く生きてきた最晩年にこのような悲惨なことが身の回りに起こるとは、夢にも思わなかった。あの酷い戦争と匹敵するくらいの大事件である……」と語る寂聴先生は御年98歳。先の大戦に少女時代を過ごし、昭和の文壇に一石を投じ続けた作家であり宗教家でもある寂聴先生が感じるコロナ騒動とは……。また、そんなコロナ騒動を経て、私たちが改めて考え直さなければいけないアフターコロナの世界とは、一体どんな生き方が求められているのか。

 

コロナ禍を生き抜くために先生が説く13の「心がまえ」。「思いやる」「笑う」「信じる」などの心がまえが並び、「祈る」を最終章としている。

 

まなほ「先生、祈ることは効き目がありますか?」
寂聴「効き目はあるわね。祈る相手を信頼できれば、だけど」
と、至極当たり前のような物言いで先生が答える。
この軽妙な語り口調が、本書が心地良く読み進められる隠し味なのかもしれない。

 

先生によれば、現代人の家庭には神棚などはほとんど無いし、例えば親がクリスチャンだったとしても、子どもが必ず信じているというわけでもないという。
まなほ「私は無宗教ですが、何か心の支えになるような宗教か何かをもったほうがいいということですか」
寂聴「もったほうがいいと思う(中略)生きていたら、いいことばかりじゃない(中略)思いもしなかったことが起きたらこれだけ慌てるんだから、これからは何が起こるかわからないと覚悟しておくことが大事」
寂庵の庵主として、毎月第3日曜日(コロナ以前)に法話を開く先生だが、出家する以前は、破廉恥と称されるほど破天荒な人生を歩んできた。この一事を知る者にとって、先生の言葉は言葉以上の説得力がある。そうして辿り着いたのが、作家であり続けると同時に、日々祈りを捧げる宗教家としての生き方だった。

 

まなほ「先生は『神さま』とか『仏さま』という存在について、小・中学生のような年齢の子にはどのような説明をされるんですか」
寂聴「この世には人間以外に、もっと素晴らしい力をもった、神さまとか仏さまと呼ばれている存在がいます。人間の力はたかが知れているから、いよいよ困ったときには『助けて下さい』と祈りましょう、と言うわね」
まなほ「『祈ったら助けてくれる』とまで言うんですか。『助けてくれるからお祈りしましょうね』と?」
寂聴「助けてくれなくたって、一緒に殺されたって、その瞬間まで信じていられたらいいんじゃない?(後略)」

 

それでいながら、子どもまで納得させるような信仰というのは、いまの日本にはないんです。と、嘆くでもなく淡々とした口調で、現代社会の暮らしと信仰がいかに乖離しているかを語る。

 

そして最終章は、いよいよ「祈り」に向かって話が進んで行く。
まなほ「今回のコロナの件で、みんなの心に恐怖や不安が蔓延していると思うんです。対象がなくて、ただ祈るだけでも、平穏な気持ちにはなれますか」
寂聴「クリスチャンじゃなくても、仏さまを信じていなくても、日本人は例えばお地蔵さまが道端に鎮座していたら手を合わせるでしょう。そういう習慣があるのね。極端な話、小さな石ころに拝んでもいいんです。祈る気持ちがその石を通じて、その石が力をもつの」
まなほ「そう言えば2歳のとき、いまは亡き祖母にフランス人形を買ってもらったんです。それで小さいころから何か不安だったり高熱が出たりしたときは、その子に助けを求めると、不安が収まったり熱が下がったりとかしました。2歳から一緒にいるので、たぶん魂が入ってると思うんですよね」
寂聴「ほら、ちゃんとあなたにもいたじゃない。祈る相手が」
と本書の最終章を締めくくる言葉から、「祈り」の本質が見えた気がする。

 

 

それにしても国内では、何者かの勝手な正義感(?)を押し付け合う、「自粛警察」や「マスク警察」と呼ばれる怖い人たちの跋扈が連日ワイドショーで報告されるかと思えば、お盆帰省に対する「帰省警察」までもが盛んに出没しているらしい。そんな、市民間で相互監視し合うような世の中に「コロナ鬱」なる病までもが言われ始めている。
人は誰かと共に生きる事が宿命付けられている……と誰かが言っていた。
しかしソーシャルディスタンスの行きつく先は、他人と一定以上の距離を取る「お一人さま推奨」の世の中なのだろう。
私の故郷四国では、4県にまたがる88ヶ寺を訪ね歩く「お遍路さん」と呼ばれる白装束の方々の姿を目によくする。子ども心に、ひとりで歩くお遍路さんの背に墨書された「同行二人」の意味がわからず不思議に思っていた。それがいつか、たとえ一人で歩くお遍路さんでも、その隣には88ヶ寺を定めた空海上人が並び歩んでいると言う意味と聞き納得した覚えがある。
まなほさんの問いに答える先生の言葉に、かつて見たお遍路さんの背中が浮かんできた。

 

人間の知恵で解決できないときは、祈ればいい。
そして、素直に「助けてください」と言えばいい。

 

いまだ特効薬もワクチンも開発されない中、連日のコロナ報道に掻き立てられた不安を拭い去る手段は「祈り」なのかもしれない。『寂聴先生 コロナ時代の「私たちの生き方」教えてください!』(光文社)は、そんな風に考えさせられる一冊だ。

 

文/森健次

 

いまだ法話も再開できません。そこで、先生が「コロナ時代の心がまえ」について語る今の声を公式アプリ『まいにち寂聴さん』で公開しています➸https://jakucho.jp/

 

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