フィクションの力を信じるということ|塩田武士さん最新刊『デルタの羊』
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BW_machida

2020/10/24

 

緻密な取材に基づく、質の高い作品で知られる塩田武士さん。新作について「アニメ業界を通して、構造変化が著しい現代社会の厳しさや忙(せわ)しなさ、ものづくりの素晴らしさや情熱を伝えたいと思った」と熱く語ります。何回読んでも飽きない、今年度の最高傑作の社会派エンタメです。

 

編集で削られた事実に光を当てること。そこにフィクションの役割があると思う

 

デルタの羊
KADOKAWA

 

 ’16年、グリコ・森永事件をモチーフにした小説『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞し、“週刊文春 ミステリーベスト10 2016”国内部門第1位にも輝いた塩田武士さん。同作品は小栗旬と星野源のW主演で映画化され、10月30日に全国公開されます。そんな塩田さんの2年ぶりの新刊『デルタの羊』が出ました。

 

 主人公はアニメプロデューサーの渡瀬智哉とフリーアニメーターの文月隼人。渡瀬は、幼いころから愛読してきた傑作小説『アルカディアの翼』の作者を3年がかりで口説き落とし、念願のテレビアニメ化に向けて製作委員会を組織します。ところが、制作会社の買収問題が起こり、作者がアニメ化の条件にあげた声優のスキャンダルも発覚。すべてが水泡に帰してしまいます。一方、文月は中国の動画配信会社が出資する、業界の賛否が分かれる問題作品に関わっていました。しかし、こちらもある事件のせいで制作スタジオが倒産。自分に見切りをつけた文月は実家のある愛媛に戻ります。半年後、文月の前に渡瀬が現れ……。

 

「執筆のきっかけは『アニメの製作委員会って、めっちゃ悪いらしい』『アニメーターたちから搾取して儲もうかった金が、どこに消えているかわからないらしい』と聞いたこと。小説家としての勘が働き、消えた金の行方を辿たどれば産業スパイなどが絡んだ面白い話が書けるかもと思ったんです。それでアニメプロデューサー、アニメーター、CGやデジタル、VRの制作スタジオの方など業界関係者を30人は取材しました。ところが、いくら調べても製作委員会方式は儲かるシステムになっていないし、誰に聞いても“産業スパイなんて成立しない”と笑われました(笑)」

 

 何を書いたらいいかわからなくなった塩田さんは苦しみのなかで、一筋の光を見いだします。

 

「取材協力者たちが皆さん“いい人”なんです。あらゆる作品が相互協力を前提につくられていたり、多忙なのに何度もインタビューに応じてくれたり、果ては取材後もアイデアをメールしてくれたり……。しかも、取材をすればするほどアニメ業界には日本と中国、東京と地方、紙とデジタル、テレビと動画配信、二次元と三次元といった二項対立の図式があることがわかりました。情報革命以降の構造変化のなかで、この二項対立の融合が始まっているのでは、と仮説を立て、ここを捉えることで、私たちが生きる現代社会の厳しさや忙しなさ、ものづくりの素晴らしさや情熱の強さを伝えられるのではないかと考えました」

 

 たとえば――。アニメは日本を代表する文化ですが、制作現場では技術の伝承が行われておらず、絵を動かすための動画制作は中国に下請けに出すことがほとんどだそう。メーカー等ほかの産業と同じ課題が横たわっていました。

 

「新聞記者時代、10取材しても2しか書けなかった。あらゆる公開情報は編集されたものなんです。1割2割の情報を見て、それが真実だと思うのは危険。意識的に距離を取り、虚と実を考える必要があります。僕はフィクションの力を信じていて、編集で削られた残り8割の事実に光を当てるのがフィクションの役割だと考えます。まっさらな状態で読んでいただければアニメ業界の面白さ、小説の面白さを味わっていただけると確信しています。そのうえで、考えるきっかけになればうれしいです」

 

 前半はアニメ業界の仕組みと実情が描かれ、後半は逆境に立たされた渡瀬と文月の逆転劇が描かれます。何回読み返しても発見のある、優れた社会派エンタメ小説で、文句なしに今年度の絶対王者です。読まないと大損です。

 

塩田さんの本棚から

 

おすすめの1冊

リアリズム絵画入門』芸術新聞社
野田弘志/著

 

「リアリズム絵画」を制作する画家が、その実践と哲学を綴った本格的指南書。「リアリズム絵画と写真はどう違うのか」などリアリズムに対する深い考察が面白く、僕の小説の創作に強く影響しています。おススメです。

 

PROFILE
しおた・たけし◎’79年、兵庫県生まれ。神戸新聞社在職中の’11年、『盤上のアルファ』でデビュー。’16年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞し、“週刊文春 ミステリーベスト10 2016”国内部門第1位、’17年本屋大賞3位に輝く。’18年『騙だまし絵の牙』が本屋大賞6位と2年連続本屋大賞ランクイン。’19年『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞受賞。’20 年、’21 年は『罪の声』『騙し絵の牙』と映画が続々公開。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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