二転三転する織田信長の評価 間違いだらけの信長像(1)
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BW_machida

2020/11/12

 

 戦前・戦後を通じて、織田信長ほど評価が目まぐるしく変わった人物はいないだろう。たとえば、日本中世史の基礎を築いた東京帝国大学教授の田中義成(1860~1919)は、信長が朝廷への奉仕を怠らなかったことから「勤王家」と評した(『織田時代史』)。

 

 田中の『織田時代史』(明治書院、1924)は100年近く前に書かれたものだが、今もって名著として高く評価されている。戦前は天皇を神として崇めた時代だったこともあり、この評価は定説となっていた。

 

 戦後になって天皇が人間宣言をし、また唯物史観が台頭してくると、天皇への批判が高まった。すると、徐々に研究者の間でも、信長が正親町(おおぎまち)天皇に譲位を迫ったことなどを根拠として、信長は天皇に対して圧迫を加えていたとの評価に転じる。

 

 しかし、中世から幕末維新にかけて、天皇が早々に譲位して上皇になるとの指摘がなされると、再び信長は天皇と対立していないとの評価に逆戻りした。

 

 それは信長の宗教観についても同じであり、無宗教、無神論というのは誤りである。無神論というのは、フロイスの『日本史』がほぼ唯一の根拠で、日本側の史料には書かれていない。したがって、今では否定的な見解が多数を占める。

 

 信長の苛烈な性格についても同様だろう。信長が徹底して敵対勢力を殲滅したことは事実であるが、ほかの大名も行っていたことである。その点を強調しすぎると、正しい信長の姿を捉えられない。

 

 つまり、私たちが知っている信長像はもはや古く、最新の研究で改められた点は多い。未だにテレビドラマや映画などでは、古臭い信長像を採用しているが、そろそろ改められるべきであろう。

 

この記事を書いたのは…
渡邊大門(わたなべ・だいもん)
1967年生まれ。株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。1990年、関西学院大学文学部史学科卒業。2008年、佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。『井伊直虎と戦国の女傑たち』『こんなに面白いとは思わなかった! 関ヶ原の戦い』『地理と地形で読み解く 戦国の城攻め』(以上、光文社知恵の森文庫)、『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書)『明智光秀と本能寺の変』(筑摩新書)など著書多数。

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