村山由佳さんが語る新境地に到達した今|最新刊『風よ あらしよ』
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ryomiyagi

2020/11/14

 

純愛から性愛、夫や恋人との関係、母娘の葛藤まで女性の人生をさまざまな側面からリアルに描く村山由佳さんは作品を発表するたびに読者をいい意味で裏切ってきました。最新刊でも出版界を驚かせる村山さんに、今の思いを伺いました。

 

“実在の人が持っていたエネルギー”にももっと迫っていきたいと思っています

 

 青春純愛小説で’91年にデビューした村山由佳さん。’93年に始まった『天使の卵』シリーズは累計190万部、翌年に始まった『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズも26年続き累計545万部超えです。この2シリーズのイメージが強く、村山さんは長く、柔らかな筆致で切ない純愛と一条の光を描く“恋愛小説の名手”と評されてきました。

 

 イメージを打ち破ったのは’03年に第129回直木賞を受賞した『星々の舟』。この作品で村山さんは一つの家族の各々が抱える懊悩や孤独を丁寧に描きます。受賞に際し、選考委員の渡辺淳一氏は「(前略)この一作で、大きな壁を突き破ったことは、間違いないだろう」、阿刀田高氏は「(前略)現代小説の典型として絶大な拍手を送りたい」と講評。世の本読みたちからも高く評価されました。

 

 ’09年、出版界は再度、村山さんに驚愕します。第4回中央公論文芸賞、第22回柴田錬三郎賞、第16回島清恋愛文学賞のトリプル受賞を果たした『ダブル・ファンタジー』の誕生です。村山さんを思わせる脚本家・奈津が夫と別れ、自由な性愛を通して自らの人生を取り戻すまでが描かれました。

 

 その後、’11年に自伝的小説『放蕩記』で母への愛憎を赤裸々に描き、三度、世の本読みたちは衝撃を受けます。この作品では母親を愛したいのに愛せない、許したいのに許せない娘の葛藤を描き、多くの女性の共感を得ました。村山さんは以前から「『天使』シリーズや『おいコー』シリーズはピュアな“白村山”が、『ダブル・ファンタジー』や『放蕩記』はダークな“黒村山”が書いていて、どちらも昔から私の中に存在している」と語っています。

 

想像して埋めていく作業が評伝小説執筆の面白さ

 

 そして今年――。村山さんは四度目の大躍進を遂げます。それが婦人解放運動家・伊藤野枝を描いた新刊『風よ あらしよ』です。

 

「’16年、『La Vie en Roseラヴィアンローズ』が出たころのことだったと思うのですが、栗原康さんの『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』という本が出たんです。それが素晴らしいと話していた担当編集者たちから“伊藤野枝と村山さんは重なるところがある。村山さんが書く伊藤野枝を読みたい”と言われまして。瀬戸内寂聴先生がお書きになった『美は乱調にあり』は作家になる前に読んでいたのですが、野枝に重なる部分が自分にあると言われてもピンときませんでした」

 

 資料を読むことにした村山さんは、野枝という人間に惹かれていく自分に気づきます。

 

「野枝ほど奔放ではないと思いますが(笑)、男の人から男の人へと渡り歩くところといい、命汚ない感じや殺しても死ななそうな逞しさが私と似ている気がして面白いと思うようになりました。それで今回、作家として初めて評伝小説を書くことにしたんです」

 

 無政府主義に傾倒し、結婚制度を否定して自由恋愛を実践した野枝。平塚らいてうらが創刊した雑誌『青鞜』に詩を投稿し、28歳で大杉栄とともに殺されるまで評論や小説をいくつか発表しています。

 

「彼女はそれほど多くの著作を残しておらず、ほかの人たちを通してしか野枝像がありません。その合間合間のことを想像して埋めていく作業が面白かったですね」

 

 とはいえ、執筆当初は“絵”が見えず苦労したと言います。

 

「寂聴先生が書かれたころは野枝の遺族の方たちもご存命でしたので直接話を聞くこともできたそうです。時代小説なら時代劇がある分、まだ想像する手がかりがありますが、私は当時の部屋の様子一つイメージできません。着ていた服は? どんな匂いがしていた? 明かりの感じは? と、わからないことだらけで。野枝の物語を書き進めるには、自分に見える風景をクリアにしていくところから始めなければいけませんでした。

 

 野枝が憲兵隊に捕まった果物店があるのですが、一緒にいる子どもがリンゴを手にしていたという目撃情報を聞き、リンゴ一つから一気に“絵”が色つきになっていきました。野枝は白い洋装で、子どもは甥っ子だったのですが女の子用の浴衣を着ていたそうです。死への道行きに白い洋装だったなんて、なんてドラマチックだと思い、最初の場面にしようと思った瞬間、“よし! 書けるぞ”と思いました」

 

 こうして村山さんは、人としての権利がほとんど認められていなかった時代を生きた女性たちの視点を借りて、伊藤野枝という人物を立体的に紡いでいきました。

 

「野枝に、上野高等女学校時代の英語教師で2番目の夫・辻潤は“俺を踏み台にしていけ”と言い、大杉栄は“愛人である前に同志”などと言う。野枝が言われたそんな言葉と似たようなことを私も言われたことがあり『ダブル・ファンタジー』で書いたくらい。“嘘でしょ!”と叫びたくなりました」

 

 野枝は「女性である前にまず人間であれ」という言葉を残した作家・野上弥生子から“本当に思想のない人”と指摘されているのですが、村山さんはそうは思わないと熱く語ります。

 

「村の組合で育った野枝は、理論で社会主義にかぶれた運動家とは違い、身体で社会主義を知っていたと思うんですね。だからこそ、身体的に社会主義に向かっていくことができた、と。複雑な内面があり、単純に大杉栄についていったわけではないと考えます。ですが、野枝という人は見る人の角度によってまるで違う側面を見せるんです。ですので、どういう風に書いたら読者に野枝に心を寄せてもらえるか、書きながら苦心しました。説明しすぎると言い訳がましくなるので、彼女の気持ちを“○○だから××した”と詳細には書かないようにしたり」

 

 満面の笑みで語る村山さんですが、野枝が生きていた時代と今はさほど変わらないと気づいたそう。

 

「野枝が生きていたのは100年ちょっと前ですが、自由に振る舞うことについて女性ばかりが叩かれるなど女性の立場は今も基本的に変わっていません。あえて言うなら、平塚らいてうは名誉男性的、のちに衆議院議員になる大杉栄を刺した神近市子は女っぽく、いちばんぶっ飛んでいたのが野枝。女性たる者はこうあるべき、というのを全部吹っ飛ばしていったのが野枝ですが、そういう生物としての生命力がないとブチ破れなかったものがあったのでしょう。野枝は自分が動けば何かが変わると信じていました。自分の時代に変わらなくてもいつの日かは変わる、と。そんな清々しさが野枝にはあります。

 

“一から虚構を作るのを逃げているんじゃあるめぇな”と自問自答しながら書き上げた作品ですが、今は、実在の人が持っていたエネルギーをもっと書いていきたいと思っています。評伝小説だけでなく時代小説にも挑戦したいですね」

 

 評伝小説という新境地で描くのは、やはり“何ものにも支配されず、生も性も謳歌して自由に生きようとする女性”。進化し続ける村山ワールドから、今後も目が離せません! 

 

村山由佳さんの新刊!

 

風よ あらしよ
集英社

 

福岡県生まれで7人兄妹の3番目で長女のノエ。小学校卒業後、貧しく不自由な生活から抜け出したいと東京在住の叔父・代準介を頼り上京。猛勉強して編入した上野高等女学校の英語教師・辻潤と暮らし始めるが生活は困窮していく。辻に紹介された雑誌『青鞜』に感銘を受け、平塚らいてうのもとで働き始めるが……。

 

恋愛小説の女王、村山由佳さんの軌跡をたどる

 

1994年

天使の卵 エンジェルス・エッグ
集英社文庫

 

19歳の画家志望の予備校生・歩太は電車の中で8歳年上の精神科医・春妃と出会い一目惚ぼれする。だが、歩太には高校時代から付き合っている夏姫がいて……。村山さんの名を出版界に知らしめた純粋で清冽な青春ラブストーリー。スピンオフも含めシリーズ全4作。

 

1994年

キスまでの距離
集英社文庫

 

父親が転勤になり、高校3年生になる春、いとこの姉弟と同居することになった勝利。5歳年上のかれんは自分が通う高校の新任美術教師だったが、彼女を知るにつけ勝利は引かれていき……。’20年に完結したシリーズ全19作、累計545万部の青春ラブストーリー。

 

2003年

星々の舟
文春文庫

 

水島家の人々の人生が次男、次女、長女、長男、長男の娘、父とそれぞれの視点で語られる連作短編集。禁断の恋に悩む兄妹、他人の男ばかり好きになる次女、居場所を探す団塊世代の長男、戦争の傷痕を抱く父……。性別、世代、価値観の異なる一つの家族を描く傑作。

 

2009年

ダブル・ファンタジー(上・下)
文春文庫

 

35歳の脚本家・奈津は才能に恵まれながら、田舎で同居する夫の抑圧に苦しんでいた。夫の介入に耐えられなくなった奈津は、敬愛していた演出家・志澤の意見に従い、家を飛び出す決意をし……。束縛から解放された奈津の生と性を描く、村山さんの金字塔的小説。

 

2011年

放蕩記
集英社文庫

 

38歳の小説家・夏帆は、離婚後、自由奔放に暮らしてきた。だが、心の奥底では、自分には異常に厳しく何をやっても否定ばかりなのに、人前では理想の妻を演じる母に対して複雑な思いを抱えていた。母親の支配とそこからの解放を描く、衝撃的な自伝的小説。

 

PROFILE
むらやま・ゆか◎’64年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。’93年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で第6回小説すばる新人賞、’03年『星々の舟』で第129回直木賞、’09年『ダブル・ファンタジー』で第4回中央公論文芸賞、第22回柴田錬三郎賞、第16回島清恋愛文学賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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