【12月23日(水)発売】元芸人の作家・藤崎翔さん最新短編集『比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども』、表題作を3週にわたって先行限定公開!その(2)
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ryomiyagi

2020/12/10

『神様の裏の顔』『おしい刑事』の著者で元お笑い芸人の藤崎翔さん新作刊行!“読むコント”ともいうべきネタが特盛、全12編の短編集『比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども』の表題作を、先行限定公開しちゃいます!

 

 

「比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども」第2回

 

「ふはははは! 愚民ども、今日も生配信を見ているようだな! どいつもこいつも暇な奴め! それでは今日も、悪魔党のネット講話を始めよう」
 サタン橋爪がカメラに向かって言ったところで、悪魔党チャンネルのネット生配信が始まった。視聴者数は日ごとに上がり、今や二十万人を超えていた。
「改めまして、サタン橋爪だ」
「ルシファー沢本だ」
「ゴルゴン窪木だ」
「メデューサ荻野だ」
 四人の悪魔が自己紹介とともにポーズをとる。サタン橋爪がカメラを指差し、ルシファー沢本は両手をクロスさせ、ゴルゴン窪木は尖った爪を上に立て、メデューサ荻野は両手を広げて邪悪な笑みを浮かべる。この四人のお決まりのポージングだ。コメント欄には『今日も決まった!』『何度見てもダサいw』『メデューサちゃん今日も可愛い』などと思い思いのコメントが並んでいく。
 四人とも、真っ白な肌にそれぞれカラフルな隈取り風ラインが入った顔で、髪は逆立ち、大仰な衣装を身にまとっている。そんな悪魔たちが、明らかに誰かの自宅と思われる、背後に洗濯物が干してあるような生活感丸出しの部屋で行う生配信は、ネット上で大きな話題となっていた。
「愚民どもの中で比較的賢明な諸君は、もう期日前投票を済ませたことであろう。あれは駅前とか、大きなショッピングセンターの中とか、日頃からよく行く場所に投票所が設置されてることが多いからな。投票日当日だと、行ったことのない小学校や集会所が投票所に指定されていて、『場所もよく分かんないし行かないでいっか』なんて気分になりがちだが、期日前投票なら、何ヶ所かの中から行きやすいところを選べる。面倒臭がりの愚民どもには、期日前投票をおすすめするぞ。ふはははは!」
 サタン橋爪が高笑いをして、再度四人で例のポーズを決めたところで、本題に入る。
「それじゃ今日は、前回予告した通り、人間どもから送られてきた法案を我々で練ったものを紹介していこう。まずはペンネーム『悩めるよっちゃん』『さすらいのシンママ』他からのアイディアを総合したものだ」
 ここでルシファー沢本が、画用紙をカメラに向かって立てる。
「子どもの声保護法案、だな」
 ルシファー沢本が持った画用紙には、黒と紫の悪魔カラーで縁取られた、おどろおどろしい手書きの文字で「子どもの声保護法案」と書かれている。それを見た視聴者たちからの『手書き!』『低予算w』『文化祭のお化け屋敷みたいww』などというコメントが画面脇のコメント欄に並ぶ中、サタン橋爪が詳しく説明する。
「この法案は、子供や保護者がよほど悪意を持って騒いでいる、または騒がせっぱなしにしている場合を除き、子供が出す騒音にクレームを入れることを禁止する、すなわち子供が声を出す権利を守るという内容だ。たとえば、電車や飛行機の中で、親があやしているにもかかわらず赤ちゃんが泣いてしまっているケースで、うるせえとか静かにさせろとか、親を一度でも怒鳴りつければ即罰金刑。よほど悪質な場合は懲役刑も科すことになる」
 サタン橋爪は、コメント欄にちらちらと目をやりながら、悪魔感あふれる重く低い声で滑らかに語る。
「なるほど。『注意しただけで罰金は厳しすぎるだろ』とか『言論の自由の侵害だ』というようなコメントも見受けられるな。だが、たとえば電車内で、男が居合わせた女性客に向かって卑猥な言動を繰り返せば、痴漢として逮捕されるのだぞ。これとて、言論の自由の侵害と言えてしまうことになる。我々に言わせれば、電車内で泣いている赤ちゃんを怒鳴りつける行為と、女性に向かって卑猥な言動を繰り返す行為は、同じぐらい卑劣極まりない悪行だ。そもそも、この国の大人たちというのは全員、自らが作った多額の借金を子供に押しつけている状態なのだ。借金の肩代わりをさせる相手に対して、電車やバスの中で泣けば怒鳴りつけ、保育園の騒音にまでクレームを入れる。そんな身勝手が許されてはならないはずだ。しかも、そんな大人たちが子供だった頃は、自分たちが多数派だったのをいいことに、外で遊び放題、騒ぎ放題だったのだぞ。なのに自分たちが大人になったら子供の騒音を許さず弾圧するなんて、我々悪魔でもドン引きするぐらいの悪行だ」
 サタン橋爪の力がこもった言葉に、『悪魔でもドン引きww でもたしかにそうかも』『結局多数派ばかり優遇されて少数派が迫害される』『子どもは宝。大事にしなきゃ』などというコメントが並んでいく。
「実際、かつて落ち込んだ出生率を2を超えるまでに回復させた実績があるフランスをはじめ、欧米では、電車やバスの中で泣いている赤ちゃんに文句を言う輩などまずいないと聞く。日本も本気で少子化を解消する気があるのなら、国民全体の抜本的な意識改革が必要なのだ。よほど悪意を持って騒がせていたり、電車内で赤ちゃんを折檻して泣かせているような場合は別だが、どうしても泣いてしまう赤ちゃんの声に文句をつけずにいられないような輩は、この国に生きる資格はない。己が作った借金を背負わせる相手に文句をつけるとは何事だ。本当だったらベロベロバ~とあやすのを義務化してもいいぐらいなのだぞ」
 サタン橋爪の口調が熱を帯びている間に、ルシファー沢本が静かに次の準備をしている。コメント欄には『悪魔のくせにいいこと言った』『ほんとそう。日本も本気出さなきゃ』などというコメントの他、『ルシファーさん裏方感w』『名参謀と言ってやれw』などといったコメントも並ぶ。
「さて、続いては、ペンネーム『運転手歴十年』『弱小店員K』他からのアイディアだ。『自腹・自爆営業禁止法案』だな」
 サタン橋爪の言葉に合わせて、またルシファー沢本が、法案名が手書きで書かれた画用紙をカメラに向けて掲げる。それを指し示しながら、サタン橋爪が説明する。
「たとえば、スーパーやコンビニなどで、店のレジを精算して合計額が合わない時に、店員に自腹を切らせて差額を補填したりとか、あるいはうっかりミスで商品を汚したり壊したりした店員に、自腹で弁償させたりとか、売れ行きの悪い商品を従業員に自腹で購入させたりとか、そんな行為が今なおこの国では横行している。そのような行為を徹底的に禁じ、違反した上司や経営者には刑事罰も科すというのが、この法案の内容だ。これに関しては、メデューサに経験があるんだったな」
「ああ、そうだ」メデューサ荻野がうなずいた。「私は某コンビニでアルバイトをしていたのだが、その店では自腹も自爆営業も横行していた。そして私も、不満に思いながらも、お中元の注文と、レジの残金が合わなかった際の自腹を強いられた」
「ん、『悪魔がバイトしてたのかよw』なんてコメントが上がったが、あくまでも世を忍ぶ仮の姿の時の話だ」コメント欄を見たゴルゴン窪木が言った。
「そうだ、世を忍ぶ仮の姿で、世を忍ぶ仮の大学生活を送っていた時の話だったな、あれは」
 サタン橋爪がうなずいて話を戻す。
「他にも、トラック運転手が、事故を起こしたり積み荷を破損した時に自腹を強いられるようなケースもあったりと、ただでさえ賃金の高くない職場で、こういった仕打ちを受けがちな実態があるのだ。一方で、政治家や官僚が、政策の失敗で何千億円もの損失を国に与えたところで、自腹を切らされることは絶対にない。これは理不尽な話ではないか」
 サタン橋爪がカメラを睨みつけて言うと、『マジでその通り!』『私もコンビニでミスって落とした肉まん弁償させられた』などというコメントが続々と届いた。
「いかなる労働者も、原則として職場で自腹を切らされることがあってはならない。従業員のミスで商品や備品に損害が生じた場合に、それを補填する保険に入っていないのは経営側の過失だし、まして自爆営業なんて言語道断だ。ちゃんとした企業、またちゃんとした国ではとっくに守られているルールを、日本でもすべての企業において厳密に守られるようにしなくてはならんだろう」
 サタン橋爪は力強く言うと、また手元の紙に目を落とした。
「さらに、ペンネーム『かりんちゃん』『去年までJK』他、どうやら若い人間どもから多かったのが、これだ。『学校制服強制禁止法案』だな」
 またルシファー沢本が、手書きの画用紙を掲げ、それを指し示しながらサタン橋爪が語り出す。
「これは、児童生徒の学校での服装を、全面的に自由化しようという法案だ。そもそも、制服なんてものが義務化されているから、夏でもハイソックスを履けとか、しまいには女子の下着は白にしろとか、常軌を逸した不当な校則が横行することになるのだ。制服や校則がないと風紀が乱れるなんてことは、少年犯罪の発生率が戦後一貫して下がり続けていて、今や世界随一の低さのこの国で、まして不良文化がどんどん廃れている現状では、もはや考えられないだろう。かつてなく少年たちがおとなしくなっている今こそ、学校制服の着用義務を思い切って廃止してしまうには絶好の時期のはずだ」
「しかもこの法案は、意外にも現役の教師からの賛同が多かったんだよね」
 メデューサ荻野の言葉に、サタン橋爪がうなずく。
「そうなのだ。制服や校則がなくなれば、服装指導などという不毛な業務に費やす時間をゼロにできるからな。長時間労働を強いられている教師にとって、この法案は労働環境改善のための切り札となりうる。実は教師こそ、この法律を最も望んでいるのかもしれんな」
 その後も、視聴者から募集した法案について、奇抜な格好に似つかわしくない真面目な話を続けた後、視聴者のコメントを紹介するコーナーなどを経て、この日の配信は終了となった。
「では、選挙前の生配信はこれで最後だ。貴様らの期待を背負って国会に行けることを祈っ……たりはしないのだ。悪魔だからな。我々の魔力を用いて、必ず国会議員になって見せようではないか。さらばだ愚民ども! ふははははは!」
 サタン橋爪の挨拶とともに、四人がまたポーズを決めた。『祈るって、神に?』『ちょっとボロが出かかったぞ』『がんばれ~』などというコメントが続々と表示される中、生配信が終わった。

 

 そして、次の日曜日――。
「ばんざ~い! ばんざ~い!」
 ドクロやコウモリなどの飾りがあしらわれた選挙事務所で、集まった支持者たちが万歳を連呼する。壇上でサタン橋爪が、どうやら紙粘土で作ったらしい悪魔像の白目を、墨で黒く塗っていく。その映像から、選挙特番のスタジオへと映像が切り替わった。
「ということで、今回の選挙で最も驚いたのが、『悪魔現象』ですよね」
 女性のメインキャスターの言葉に、アシスタントの男性アナウンサーがうなずいてから語った。
「はい。先ほどもお伝えしました通り、悪魔党は、党首のサタン橋爪さんの他、ルシファー沢本さん、ゴルゴン窪木さん、メデューサ荻野さんという、立候補した四人全員が比例区で当選しています。小政党としては異例の躍進です。まだ確定得票数は出ていませんが、出口調査から推測して、あと一人か二人出馬していても当選できた可能性が高いということです」
「これは意外でしたよね、佐藤さん」
 メインキャスターの問いかけに、政治評論家の佐藤がうなずいた。
「ええ。最初は私も、泡沫候補で終わるだろうと思ってました。しかし、選挙戦の中盤あたりから、これはひょっとするとひょっとするぞ、と思ってたんですね。それぐらい勢いを感じてました。で、結果を見れば、二十代と三十代の政党支持率は、悪魔党がトップになりましたからね。おまけにこの年齢層は投票率もぐんと上がった。つまり、今まで投票に行っていなかった若い層の相当数が、悪魔党に投票したんですね。そのせいもあって、全体の投票率も七十パーセントに迫る久々の高水準になりました。面白がって投票した人ももちろん多かったと思いますけど、一方で、おそらく既成の政治に嫌気が差していた層が、一気に悪魔党に流れたのではないかと私は思いますね。若者は保守化しているとか言われてましたけど、これだけ斬新な政党が現れたら、一気に流れたっていうことですね」
「なるほど、鈴木さんはどう思われますか」
 メインキャスターが話を振ると、今度は経済評論家の鈴木が答えた。
「私は、今回の悪魔党が、今まで表に出ていなかった、国民の潜在的なニーズを掘り起こしたんじゃないかと思いますね。今までの消費増税の際に、増税の是非を問うたアンケートだと、増税反対が賛成を上回るのが常でしたけど、実際には、財政健全化と高福祉のためには高負担も受け入れようという考えが多くの国民の中に潜在的にあって、それが一気に発露したのが今回の結果だったんじゃないでしょうか」
「だから、うまいやり方を考えたと思いますよ」政治評論家の佐藤が付け加える。「悪魔なんて荒唐無稽な設定ですけど、あのキャラクターを演じていれば、国民に対して上から説教するような形になっても、違和感なく受け入れられるわけですからね。本気で財政健全化を考えたら、大金持ちや大企業に対して増税するだけじゃとても足りないし、消費増税もしなきゃいけないんだから、みなさん覚悟してくださいよ――なんてことを、選挙の時期に言える政治家なんて、今まで一人もいませんでしたからね」
「今までもタレント議員っていうのはいましたけど、彼らはタレントになるのと議員になるのが同時進行っていう、新しいタイプだと思うんですよね」今度はテレビ評論家の高橋が語った。「あのネット動画の悪魔党チャンネルっていうのも見ましたけど、本当にちゃんとしたタレントが喋ってるのと同じくらい進行が上手なんですよね。ほら、ぶっちゃけた話、タレント議員って、タレントとしてダメになった人が議員報酬目当てになるケースが多かったじゃないですか。でも悪魔党の四人は、今からテレビタレントになってもやっていけると思うんですよ」
「たしかに、実際私も取材に行きましたけど、四人とも演説や取材の受け答えが非常に安定してましたよね。党首のサタン橋爪さん以外の三人も、演説やコメントに切れがあって、かといって不用意な失言や、差別的な発言をすることは一切なかったですし」
 メインキャスターが言うと、評論家たちが語り合った。
「たぶん、立候補の前に相当なトレーニングをしたんでしょうけどね。他の政党はみんな、どうやったのか教えてほしいと思ってるでしょう」
「まあ、あんな突飛なキャラクターだから、どこかで限界が来るかもしれないけど、どこまで演じていけるのか期待したいよね」
「さすがに政権を取ることはないだろうけど」
「とりあえず今後しばらく、国会で一番注目を集めることは間違いないでしょう」

 

 実際、それからの政治の話題の中心は、もっぱら悪魔党だった。
 初登院の日、さっそく事件が起きた。
「国会にそんなメイクで入るつもりか!」
「真面目にやれ!」
 与党議員たちが、議場の入り口で悪魔党の議員たちと押し問答になった。
 立ちふさがっているのは、与党の中でも当選回数の少ない若手議員たちだった。上の者に言われたのか、ここを見せ場とばかりに意気込んできたのか、あるいはその両方なのか、妙に肩に力が入っているのが見て取れた。
「なぜ我々の格好が許されないのだ。議院規則には、帽子や外套や襟巻きなどを禁止するとしか書いていないはずだぞ」
 四人並んだ悪魔党議員の先頭に立つサタン橋爪が、毅然と主張した。しかし与党議員は言い返す。
「でも、国会は神聖な場所なんだから。そんな変な化粧して入っちゃダメなんだよ」
「これは化粧ではない。素顔だ」
「そんなわけないだろ!」
 サタン橋爪に対する与党議員のツッコミに、報道陣から笑いが起こる。
「では、百歩譲ってこれが化粧だとしよう。そして我々が議場に入るのが禁止されるとなると、厚化粧の女性議員はなぜ入場が許可されるのだ? 素顔と比べて、もはや別人になっている議員など何人もいるだろう」サタン橋爪が淡々と主張する。
「でも……ほら、その頭もダメだろう。その、蛇みたいにうねってたり、ぴーんと立ってたりするそれは」与党議員が悪魔党の四人の、逆立った頭髪を指差した。
「これも地毛だ」
「だからそんなわけないだろ!」
 また笑いが起こる。もはや懸命にツッコミを入れる与党議員の方が滑稽に見えた。
「なるほど、頭髪が地毛ではない人間も禁止というわけか……」
 サタン橋爪は、少し間を空けて視線をそらした。
「それなら、カツラをかぶっている他の議員も、当然出入り禁止にならなければいけないな」
 サタン橋爪は、入り口脇の廊下の方を見つめた。その先にいる人物を見て、与党の若手議員たちが「あっ……」と顔色を変えた。
「たとえば、そこの倉持氏も、出入り禁止ということだな!」
 サタン橋爪が、すっと手をかざした。すると、廊下の先にいる与党の倉持幹事長のカツラがすぽっと取れて、ひらりと飛んで行ってしまった。
「わあっ」
倉持が声を裏返し、秘書とともに大慌てでカツラを追いかける。
「ああっ、大変だ!」
「倉持先生!」
 悪魔党員たちを止めていた与党の若手議員も、自分たちが仕掛けた揉め事の巻き添えで、党の重鎮のカツラがばれてしまったのだから大慌て。すぐにすっ飛んでいった。
「我々は入るぞ、いいな」取り残されたサタン橋爪が声をかけた。「今後、我々の登院を妨害するたびに、貴様らの先輩のカツラが一人ずつばれていくと思え」
「くそおっ」
「覚えてろっ」
 与党議員が捨て台詞を吐いて走り去る様子に、周囲からは拍手すら起こった。どんなトリックを使ってカツラを飛ばしたのか、その後もサタン橋爪から明らかにされることはなく、「あの直前にこっそりバネでも仕掛けてたんじゃないか?」「秘書がスパイだったんじゃないか?」「いや、本当に悪魔だからあんなことができたんだ!」なんて言いたい放題の噂がネット上では飛び交ったが、ともかく与党の中には他にもカツラ疑惑がささやかれている大物議員が何人もいたため、結局それ以来、悪魔党の議員たちの格好をとがめる者は誰もいなくなった。
 こうして、悪魔党が加わった国会がスタートした。もちろん小政党のため、国会ですぐに大きな改革を起こすことはできない。しかし、総視聴者数が地上波テレビのゴールデン番組と遜色ないほどにまで増えた「悪魔党チャンネル」で発表された、「子どもの声保護法」「自腹・自爆営業禁止法」「学校制服強制禁止法」などの法案は、与党が成立を目指す重要法案以上の注目を集めていた。本来なら、少数野党の提出法案など審議入りすらしないことが多いのだが、悪魔党の法案は与党のそれよりずっと国民の実生活に直結するものであり、国民の中での期待も高まっていたため、無視できない存在になっていた。結局、「自腹・自爆営業禁止法」に関しては、他の野党の協力も得て、与党側も賛成に回り成立することとなった。
 選挙が終わると見えなくなりがちな政治家の活動も、悪魔党の場合は動画チャンネルをチェックしていれば常に把握できる。もちろん、そのような工夫は以前から他の政党や議員もやっていたが、悪魔党の視聴者数は文字通り桁違いだった。なんといっても政治家の中では圧倒的に面白いビジュアルに、一流タレント顔負けのトーク力。どんなに上から目線でも許される「悪魔」という最強のキャラクター。政治家特有の自己アピールや有権者への媚びが微塵も感じられない一方で、悪魔でありながら決して差別的な発言などはしない。コメント欄に差別的な言葉が出てきたら、むしろ悪魔たちの側が注意するほどだった。支持者は若者が中心だったが、徐々に中高年からの支持も増えていった。
 その後も、悪魔党の勢いは止まらなかった。
 次の衆議院選挙では十四人が当選。その次の参議院選挙では十六人が当選。さらにその次の衆議院選挙では、参議院からくら替えしたサタン橋爪党首を含む四十二人が当選――。五年ほどで、国会の中で鍵を握る一大勢力へと成長していった。
 そのうちに、移籍してくる議員も現れた。
「あなた、千堂武彦さんですよね?」
「いや、私は悪魔に取り憑かれたのだ!」
 政界渡り鳥と言われてきた千堂武彦が、白塗りメイクで逆立った髪型のカツラをかぶりながら、報道陣に対して答えていた。
 彼は元々、巨大与党の議員だったが、党を飛び出し、新しい党を旗揚げしては数年で解党するのを繰り返したあげく、今では無所属となっていた。そんな千堂武彦が悪魔党に入党したというのは、悪魔党の勢いを象徴するニュースとして扱われた。
「これから私は、ゴブリン千堂だ。ふあはははは」
 まだぎこちない高笑いに、明らかに小太りのおじさんが仮装しただけの痛々しい格好で、千堂武彦は報道陣の前で振る舞っていた。
 しかし、それから一ヶ月も経たないうちに、事件は起こった――。

 

「続いて、政治家の失言のニュースです。悪魔党に入党した千堂議員が、地元で開かれた講演会で差別的な発言をしました」
 ワイドショーで、千堂議員の発言が録音された音声が流れた。
「同性愛者なんて、悪魔の中でも外道なのだ。あんな輩は我々悪魔が滅ぼしてやるのだ。ふあ、ふああはははは」
 悪魔風の高笑いは相変わらず下手なままで、講演会の客も全然笑っていない様子が、音声だけで分かる。スタジオのコメンテーターたちも途端に不愉快な顔になる。
「どうですか、佐々木さん」
「いや、これは本当にひどいと思います……」
 と、コメンテーターの女性モデルが話し始めた時だった。司会者のアナウンサーが話を遮るように言った。
「あ、ここで速報が入ってきました。ああ、千堂議員に除名処分が下ったということです。悪魔党が、同性愛者に対して差別的な発言をした千堂武彦議員に、除名処分を下しました」
「早かったですね」
 コメンテーターたちが、どこかほっとした様子でうなずいた。
「サタン橋爪党首のインタビューが、出ますか、ああ出ますね」
 アナウンサーがそう言ったところで、画面が切り替わり、国会議事堂の廊下でサタン橋爪が語る映像が流れた。
「千堂武彦を、悪魔党から除名することにした。差別扇動などという、まるで人間のような卑劣な行為をする奴は悪魔失格だ」
 いつも通りの白地に紫ラインの奇抜な顔でも、その表情は苦渋に満ちているようだった。
「あんな愚かな人間と、悪魔の契約を交わしてしまったことを心から反省しよう。今後は気を付けねばいかん。奴の方から入党したいと言ってきたのだが、本性を見抜けず、政治経験が豊富だから味方にして損はないだろうという安易な考えで、悪魔風のメイクをさせて仲間にしてしまった……。ああ、といっても、私のこれはメイクではないぞ、これは地の顔色だ」
 サタン橋爪が少し慌てたように付け加え、記者たちから小さく笑いが起きたところで、サタン橋爪はカメラ目線で言った。
「あのような発言を支持する輩に対して、意見を表明しよう。伝統的な家族観などという戯けた価値観を持ち出し、同性愛など性の多様性を否定する輩よ。そもそもお前たち人類は、そんな伝統など守ったところで、今世紀末に滅ぼされるのだから意味がない。これが大前提だ。しかし、それを抜きにしても、果たしてそんな醜い差別をして満足か、自分の胸に問うてみろ。限られた一生の中で、人を差別し、人の生き方を阻害して生きていくのが本当に幸せか? そんな大人になりたいと、子供の頃に願っていたか?」
 サタン橋爪は真剣な眼差しでカメラに向かって問いかけた後、改めて言った。
「とにかく今後も、我々悪魔党は、差別的な思想を表明するような党員は断じて許さん。すみやかに悪魔の契約を解除するものとする。たとえ幹部であってもだ。以上」
 そう言い残してサタン橋爪は去って行った。
 雨降って地固まるというべきか、失言した議員を一切かばうことなく処分したことで、サタン橋爪は悪魔党の党首として、結果的にますます株を上げることになった。いつしか「総理になってほしい政治家」を問うアンケートで、ぶっちぎりの一位をとるようになった。そして――。

 

(第3回につづく)

 

比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども

 

著者:藤崎翔(ふじさきしょう)
1985年茨城県生まれ。高校卒業後、6年間お笑い芸人として活動した後、2014年『神様の裏の顔』(受賞時「神様のもう一つの顔」を改題)で第34回横溝正史ミステリ大賞受賞。著書に『指名手配作家』『OJOGIWA』『あなたに会えて困った』ほか、テレビドラマ化された「おしい刑事」シリーズなど。なお、2020年、コロナ禍で経営危機にあったお笑い用劇場「新宿バティオス」を救うべく命名権を290万円で購入し、「新宿バティオスwith 年収並みの命名権を買っちゃったから小説が売れないと困る藤崎翔」と名付ける。

 

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