「興味はわくけど入りづらい」店に勝負を賭ける 『面食い』(ジャケ食い)・久住昌之の勘の磨き方
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ryomiyagi

2020/12/24

 

「事前にガイドだのネットだのは一切調べない」「己の足で歩き回って、見つけて、観察して、考えて、勝負する」。そうやって、店の佇まいだけを頼りに店を選び食事をする。それを著者の久住昌之氏は、レコードを視聴することなく購入する「ジャケ買い」になぞらえて「面食い(ジャケ食い)」と命名。本書は北海道から九州まで、全国各地での久住氏のジャケ食いの様子をまとめた1冊だ。

 

「ジャケ食い」……情報過多な現代において己の勘頼りとは、なんともアナログな手法。しかし、だからこそ興味惹かれる食事の仕方なのである。

 

町を散策し、店構えに「むむむ、なんだここは?」とおいしそうとは別のアンテナが反応した店に入り、食事をする。久住氏にならって、自身がジャケ食いしている様子を想像してみる。意外と簡単に真似できそうな気がする。

 

しかし、ボロボロの暖簾。さらに焼き鳥屋なのに『とりかご』という店名(開けた引き戸が閉まらない店)、暖簾から“ぷ”が抜け落ちている店(天ぷらの店)、店先のショウケースにサンプルが置かれていない店(サンプルがいずこへか消えた店)などなど、本書に出てくる店に本当に入れるかと問われると、なかなかに難しい。おいしくなかったらどうしよう、常連ばかりで居づらい雰囲気だったらどうしよう、まさかとは思うが高価な店だったらどうしよう……ジャケットが個性的であればあるほど不安も比例して、実はハードルが上がってしまう。入る勇気がなかなか持てない。

 

久住氏も入店するという勇気を持つまでに逡巡する。そして「長年地元民に愛されてきた名店ではないか。それが近年の駅前再開発でビルに入ることになった。常連たちは古い店舗の解体を惜しんだ。その声が反映され、前の店の佇まいを残した、今の店構えになった。のではないか」(すましがすまし汁ではなかった店)、「海と書いてマリン。…中略…お食事処、とあるのだからスナックではないだろう。…中略…妖しいブルーの光を放つ看板は、カラオケのあるパブの雰囲気だ。…中略…さらによく見ると引き戸に、縄のれんがかかっている」(海のマリンが頭から離れない店)と観察・推察を重ねる。それを頼りにエイヤっと入店するのだ。

 

入店したはいいけれど、まだまだ試練は続く。何を頼むかというメニュー決めだ。この店で何を食べるべきか? おすすめは何? 地方の店なら、名物や名産を食べておきたいし、これは一体どんな料理なんだ? 壁一面に貼られた短冊やメニュー表に戸惑うことも。時に近くの客が頼んだものから選び抜いていかなければいけないことも。

 

さて、こう書いていくと「ジャケ食い」って、一般人にはなかなかに真似しづらく、ネットや雑誌で事前に調べた方がラクな気がしてくる。でも、読めば読むほどやっぱり魅惑的で、どうしても試してみたくなる。エイヤっと入った店で鼻笛なるものを吹かされたり(カウンター鼻笛試奏地獄の店)、天井を長い棒でつついて店主を呼ぶ店(天井を棒で突いて主を呼ぶ店)という驚異的な出会い。「店を出ても、すぐには店の前を去りがたかった」(「山口お好み屋」)、「寒さ寂しさは吹っ飛んで消えた。いつの間にか、からだの内側から楽しくなっている」(炭火かき家山崎)、「ご主人の、割烹着姿のまあるい背中を見上げたら、不意に目頭が熱くなった」(廃業銭湯向かいの泣ける店)などなど、胃袋だけはない心の充足感。

 

真似をしたからと言ってそれらに出会えるかどうかはわからない。でも、「面食い」だからこその面白さ、楽しさが待っているはずだ。そして思うはず。おいしい料理に出会う一番の秘訣は勇気と好奇心なのだと。

 

久住氏はこうも書いている。「よかったり、失敗したりの経験を積み重ねるしか、自分好みのおいしい店を見つける能力は磨かれない」。

 
今日の失敗が未来のおいしい食事につながるなら、それもまたよし。失敗、大いにすべしだ。本書を読んで久住氏の作法を参考に、今日から自分なりの「面食い」を楽しんでみてほしい。これまでにないおいしさ、楽しさ、面白さ、心が満腹になるプラスアルファの何かに出会えるはずだから。

 

文/武内慎司
写真/角田慎太郎(Gran)

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