『じょかい』著者新刊エッセイ 井上宮
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ryomiyagi

2021/01/06

角田光代化け物の素

 

私の一番古い記憶は母方の祖父の葬儀の一シーンで、私が三歳になる頃のことだ。そこは会津の田舎の古い農家で、祖父は棺桶に横たえられており、親戚のおじさんが霧吹きで祖父の顔へ霧を吹きかけていた。祖父の左右の鼻の穴に白い綿がつめられている。「なぜ綿をいれてるの」私が訊くとおじさんが教えてくれた。「○○が出てこないようにだよ」

 

この○○が思い出せない。今は行われていないそうだが遺体の鼻の穴に綿をつめるのは、体液が漏れ出てこないようにするためだったらしい。おそらくおじさんは幼児にもわかる言葉で説明してくれたのだろう。けれども幼い私にはやっぱり難しくて、こうして栓をしておかないと何か変なものが体から勝手に出てくるんだ、なんていうホラー的概念がこのとき芽生えたのではと疑っている。何か怖いものを考えるとき幽霊や怨念などではなく、体内に得体の知れないモノがいるとか、体内が変容しているとか、私が妄想してしまうのはこういう訳なのです。

 

この小説に登場する化け物の設定を練っていくうちに、マスクで口を隠した女という外見となった。はたと思いあたった。これって昔懐かし口裂け女じゃん!

 

口裂け女の噂が全国に流行したのは一九七九年頃だが、その何年か前には私は聞いていたと思う。もう中学生だった私を怖がらせはしなかったが、大層ひとを惹きつける噂だった。裂けた口をマスクで隠しているという点が肝心で、中身がわかっていても隠されると気になるのだ。日本中の子ども達が熱心に囁きあった理由もそこにあるのかもしれない。

 

などと考えながら執筆している間に新型コロナウイルスが猛威をふるいだした。マスクをするのが日常となり、これは困ったと悩んだが、重要なのはマスクではなくその下に潜んでいるモノであり、怪異に遭遇した人間の心理や選択なのだと思い至った。

 

マスクの下から何が出てくるか、ぜひご一読を!

 


じょかい
井上宮/著

 

【あらすじ】
男はリビングでくつろいでいる。妻は夕食の支度をし、幼い息子はテレビを見ている。男はキッチンへビールを取りに行き、ふと気づく。自分たち夫婦に息子なんていただろうか? そして妻を見て驚愕する。誰だ、この女は? 戦慄のノンストップホラー!

 

【PROFILE】
いのうえ・きゅう
1961年、愛知県生まれ。2016年「ぞぞのむこ」で第10回小説宝石新人賞を受賞。’18年に受賞作を収めた連作短編集『ぞぞのむこ』でデビュー。

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