これは、まさに今の私たちが読みたい小説|小川糸さん最新刊『とわの庭』
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BW_machida

2021/01/09

写真/新潮社

 

『食堂かたつむり』をはじめ、数々の作品が映像化されたり翻訳されて、新刊を待ちわびるファンが世界中にいる小川糸さん。新刊には「人間には闇を光に、束縛を自由に変える力があるという思いを込めた」と語ります。新しい年の幕開けにピッタリの、希望に満ちた普遍的な物語です。

 

今がどれだけ辛くとも、そこから脱出するチャンスはきっとある

 

とわの庭
新潮社

 

 透明感のある筆致で心に刺さる物語を数多く紡いできた小川糸さんの新作『とわの庭』は、苛烈で過酷な人生に飲み込まれることなく、生命のきらめきを放ちながら前進する少女・とわの物語です。

 

 母さんと2人で小さな家に住んでいるとわは、物心がついたときから目が見えません。そんなとわに、母さんは物語を読み聞かせて

 

 言葉を教え、季節の巡りがわかるように庭に香りのする木を植え“とわの庭”と呼びました。母さんはとわを愛していましたが、ある日、出かけたまま戻ってきませんでした。目の見えないとわは何が起こったかわからず、思い出を糧にたった1人でひたすら母さんの帰りを待ち続けます。食料が底をつき、空腹に耐えかねたとわはとうとう家を出て歩き始め……。

 

 前半ではページをめくるのが苦しくなるほどむごい状況が描かれますが、後半は恨んだり憎んだりせず喜びを見いだしながら人生を切り開いていくとわが描かれます。

 

「新型コロナウイルス感染症が広がるまで3年ほどドイツのベルリンに住んでいましたが、ベルリンをはじめヨーロッパ中に“つまずきの石”というものがあります。ホロコーストで、かつてその場所から連れ去られたユダヤ人の氏名や生年月日などが刻まれた金色の四角いプレートで、ときには5つ6つのつまずきの石がひとかたまりになって並んでいることもあります。一つひとつは連れて行かれた人がいたという悲しい証しですが、その人をサポートしていた人もいただろうし生き延びようと気持ちを強く持っていた人もいたはずだとも思いました。それで閉ざされた人の物語を書きたい、と」

 

 と同時に、小川さんは“愛の裏と表も書きたい”と考えます。

 

「愛情のこじれた母と子の物語にしたのは愛ほど難しく怖いものはないと実感していたからです。深い愛情はときに拘束にもなりかねません。私自身、母とはいろいろあり、母が亡くなってからそれまでずっと母とつながっていた透明なへその緒が切れて、ようやく母から解き放たれたような気持ちになりましたが、母が母のような人でなかったら物語を書く人にはなっていなかったと今、感じています」

 

 ところで、母親に捨てられてもとわは待ち続け、絶望はしません。そんなとわを支えるのは陽の光や庭の植物やそこに集まる虫や鳥たち。庭はとわが孤立した存在ではないことの象徴でもあります。

 

「最初にイメージしたとき、生命力の強い物語を書きたいとも思いました。虐待は連鎖すると言いますが、そこをひっくり返している人もたくさんいます。とわの強さは、私が考える人間が持っている本来的な強さなんです。私は、人生の途中でどんなことがあっても、誰にでも生き抜く力、生命力は揺るぎなくあると思いますし、自然治癒力もあると考えています。とわは極端な例ですが、今がどれだけ辛くとも、そこから脱出するチャンスはきっとあると信じています。辛つらいとき、苦しいときこそ、ちょっとした突破口を見逃さず生きてほしいと思っています。

 

 どんな小説も相手に読まれて初めて完成します。100人読み手がいたら100通りに育まれていきます。この小説が辛い現実に少しでも希望を与えてくれるものになってくれるのであれば嬉うれしいですね」

 

 抑制の利いたとわの物語が読み手の人生も照らし、生きていることの愛おしさを思い出させます。

 

PROFILE
おがわ・いと◎’73年生まれ。’08年『食堂かたつむり』でデビュー。’10年に映画化され、’11年にイタリアのバンカレッラ賞、’13年にフランスのウジェニー・ブラジエ賞を受賞。’12年には『つるかめ助産院』が、’17年には『ツバキ文具店』がNHKでドラマ化。’20年『ライオンのおやつ』が本屋大賞2位に。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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