何のために歩くのか。自分なりの答えを探して歩く巡礼路
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ryomiyagi

2021/02/08

写真提供/内澤旬子

 

半日から1日くらいの時間で回っては帰宅するというかたちで始まったお遍路巡礼。歩いて、迷って、祈りながら、小豆島八十八ヶ所回りきるのにかかった期間は2年弱。八十八ヶ所すべてを回り終えた内澤さんは、バスの時間を確認し、コンビニでアイスクリームを購入し、ベンチで食べることにする。内澤さんの身体を満たしているのは、なんとも煮え切らない達成感だ。

 

お遍路をはじめる前と終えた後では、いったいなにが変わったのだろう。内澤さんは、結願しても遍路が終わったという感覚はない、これからもずっと歩き続けていくのが当然のような感覚だと記している。そして、うまく説明できているのか自信がないけれど、と前置きしたうえで「実際に歩かなくても、心のどこかでは歩き続けている」と語っている。それはおそらく遍路を経験した者ならではの感覚なのだろう。

 

「遍路をはじめるまでは、手書きの標識など全く気にも留めなかった。山の入り口に手書きの赤い文字と指さしマークがあるのを見ても『昔の道で今は使われてないのだろう』くらいに思っていた。まさか今も現役で、道中あれほどまでに頼りにすることになるとはつゆ知らず。それが歩き終えたとたんに、赤い手書きの線が血管のごとく島の中を巡り、繋がって見えるようになった。まるでひとつの生命体のように。これにはちょっと驚いた。」

 

内澤さんはまた、お寺やお堂だけでなく、島そのものが小豆島八十八ヶ所霊場なのだと言う。

 

「小豆島の遍路道は、島の絶景を数珠つなぎにしたようなものだ。歩いていて退屈な景色はほとんどないと言っていいくらい、変化に富んだ景色を楽しむことができる。そして目には見えない霊的なものから逃げまわっておいて最後の最後にこんなことを書くのは恐縮なのだが、『霊場』と呼ぶのにふさわしい気を湛えている。」

 

写真提供/内澤旬子

 

本書を読んでなによりも印象的なのは、お遍路を終えたからといって、これまでの悩みが無くなったわけでも、心のわだかまりが消えたわけでもないと素直に語る内澤さんの姿だ。わからないままに、どのようにしたらいいのか迷いながら歩いて、歩いて、歩きぬいて、内澤さんが最後にたどり着いた場所にいたのは、もしかするとこれまで見つけだせずにいた、もう一人の正直な自分の姿であったのかもしれない。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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