尾崎世界観さんが描く繊細な「女の子」の物語|最新刊『母影』
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ryomiyagi

2021/02/06

(C)新潮社

 

ロックバンド「クリープハイプ」でボーカルとギターを担当する尾崎世界観さんの4年半ぶりの中編小説は、小学生の女の子が主人公の物語。「言葉がないことによってないものとされているものをすくい上げたかった」と執筆の動機を語ります。芥川賞候補作になった本作品の魅力と今の思いとは?

 

言葉を知ってしまったがゆえに、大人が失ってしまったものも多いのでは

 

母影
新潮社

 

「新人賞に応募して勝ち残ってデビューしたわけではないので、やっぱり偽物という気持ちがあります。ですが、芥川賞の候補に選んでいただけたことは、偽物の小説家だけれど、本気で取り組んでいるということの証明になるんじゃないかと思えて、とてもうれしかったです。“これからも自信を持って書き続けていい”と許されたような気がしています」

 

 ロックバンド・クリープハイプのボーカル兼ギタリストで、作詞作曲も行う尾崎世界観さんは4年半前に半自伝的小説『祐介』で小説デビュー。以来、さまざまな形で執筆活動を続けています。今回、第164回芥川賞候補作品に選ばれた中編小説『母影』は、小学校低学年の女の子が主人公の物語です。

 

「私」は小学校が終わると、お母さんが働くマッサージ店に行き、宿題をしたり、隣のベッドに潜り込んでカーテンを見つめたりしながら仕事が終わるまで息を潜めて待ちます。お母さんはお客さんの「こわれたところを直している」のですが、日に日に苦しそうになっていきます。「私」は学校では女の子グループや杓子定規な日本語を話す男の子にいじめられていて、先生に対しても気持ちが悪いという印象を持っていました。

 

 着想の端緒について、尾崎さんは言葉を選びながら語ります。

 

「前作『祐介』は自分の話だったので、今回はなるべく自分から遠い人物の視点で、比喩をできるだけ抑えて書きたいと思っていました。自分から離れていたほうが自分のことを書けると思ったこともあり、主人公を小学校低学年の女の子にしました。彼女が感じていることは、僕が子どものころに感じた記憶を元にしているところもあります。たとえば、僕は親のことは“親”というものとして捉えていて、ほかの人とは違うと思っていました。だから親が人間だと認識したとき、親の人っぽさを怖いと思ったのをよく覚えています(笑)。そういった子どもの視点、大人に対する包まれるような安心感と、それが覆される瞬間の不気味さも書きたかった」

 

 よその家のちょっとだけ知っている人のご飯が気持ち悪いのはどうしてだろう/お母さんをママってよんでたころ、お母さんはただの丸い玉だった/ずっと私の中にあった気持ちがちゃんと言葉になってしまった──。「私」は五感を使ってとことん観察し、何かを気配として捉え、少ない語彙を通してそれらが何なのか考えます。

 

「大人は言葉を知ってしまったがゆえに、失ってしまった部分も多いのではないか。言葉を持っていると、感じたことや考えたことを相手に伝えやすいけれど、言葉にしたところで、それを完全に伝えられているかどうかは疑問です。僕は言葉がないからこそ、言葉にならない何かをすくえることがあるとも考えています。だから、この小説ではなるべく言葉をほどいて、その言葉とはまた違う形で子どもの視点に近づけないか挑戦したつもりです。子どもの言葉にならない感情や、理解できない悔しさは、言葉にならないせいで存在しないことにされてしまう。そういう“なかった”ことにされる声をすくい上げたい。この小説が、そんな視点で物事に触れるきっかけになればうれしいです」

 

 五感を刺激する筆致と物語全体に通底する不穏な感じが独特の雰囲気を醸し出します。脳内に広がるイメージを堪能したい作品です。

 

PROFILE
おざき・せかいかん◎’84年東京都生まれ。’01年結成のロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。’16年、初小説『祐介』を書き下ろしで刊行。他の著書に『苦汁100%』、『苦汁200%』、『泣きたくなるほど嬉しい日々に』など。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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