『田中家の三十二万石』著者新刊エッセイ 岩井三四二
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ryomiyagi

2021/03/04

 

なぜ田中吉政(たなかよしまさ)は無名なのか

 

田中吉政は江戸時代初期に筑後で三十二万石を領した男です。三十二万石とはたいしたもので、当時は名門の上杉家が三十万石、毛利家でさえ三十七万石でしたから、三十二万石の田中家は堂々たる大大名といえましょう。

 

しかも吉政は百姓の出身で、一片の領地ももたないところから身を起こし、数々の合戦に出ては槍一本で手柄をたて、じわじわと出世していったのです。それだけに真っ先に敵陣に突っ込んでいったとか、敵の強豪と渡り合って突き伏せた、といった勇猛なエピソードを多々残しています。また頭を使って窮地を切り抜けたり、時にはずる賢く立ち回って世渡りをしたりといった一面ももっていました。

 

そうした出世物語が世に膾炙してもいいはずなのに、吉政は不思議と無名のままでした。その無名さは、吉政を主人公とした小説がほとんど存在しないことでもわかります。

 

なぜ吉政はこれまで無名だったのでしょうか。
まず吉政の子の代で家が潰れ、大名として残らなかったことが響いていそうです。潰れ大名の吉政に関する史料は少なく、全体像がわかりにくいのです。また加藤清正の虎退治のような派手な逸話がないことも影響しているでしょう。

 

しかしもしかすると最大の理由は、「田中」という姓にあるのかもしれません。織田、伊達といったいかにも由緒ありげな姓とちがい、「田中さん」の話ではありふれすぎていて、聞いても有難味が薄いと感じる人が多かったのではないでしょうか。などと書くと全国の田中さんから怒られそうですが、いえ、大丈夫です。今般、吉政の活躍と田中家の勃興を描いた『田中家の三十二万石』が上梓されましたから。これで田中姓の新ヒーローが誕生、といきたいところですね。

 

最後に、本誌連載中、いつもより力強く励ましてくださった田中編集長に深謝申し上げます。

 

『田中家の三十二万石』
岩井三四二/著

 

【あらすじ】
十六の歳に貧しい百姓から地元武将の小者となり、最初の禄は三石。しかし運と度胸に冷静さも併せ持ち、時に痛快に、時に歯を食いしばりついには筑後三十二万石の大名へー。迫力の戦闘場面と魅力溢れる人物描写。著者の円熟の境地をみせる歴史小説の傑作。

 

【PROFILE】
いわい・みよじ
1958年岐阜県生まれ。『一所懸命』で’96年デビュー。2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞など多くの文学賞を受賞。著書多数。近著『天命』でも円熟の筆は読者を魅了した。

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