91年生涯現役を貫いた渋沢栄一から学ぶ「人生100年時代」の愉快な生き方
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BW_machida

2021/03/11

 

「日本経済の父」と呼ばれ、その功績から1万円札の次の顔に内定している渋沢栄一。2021年度大河ドラマの主役にも選ばれたことで今、その生涯に注目が集まっている。幕末から近代化へ向かう目まぐるしい時代を生き抜いた男の根幹にあった思想とはいかなるものか?『渋沢栄一に学ぶ大転換期の乗り越え方』(光文社新書)は、彼の残した名著『論語と算盤』と孔子の『論語』そのものを題材に、現代の生き方やビジネスのあり方を考える。

 

キャリアチェンジしながら長い人生を生きる

 

渋沢栄一が生まれたのは1840年のこと。私たちの時代とは1世紀以上もへだたりのある時代を生きた渋沢だが、実は共通点がある。
それは、100年近い生涯を生きたということだ。現代では医療の発展と生活環境の向上のおかげで、私たちはいわゆる「人生100年時代」を迎えている。それは人類の進歩として喜ばしいことかもしれないが、同時に、100年という途方もない時間をどのように生きるべきか、という新たな命題の出現も意味する。
渋沢は既に、その問いに取り組んだ先駆者だった。1840年から1931年まで、91年間の時をいかに生きたのか。

 

今は人生100年時代。
私はさまざまなところで、次のようなキャリアの話をしています。
生まれてから20歳までは、生き方の基礎を身につける時間。
そして残りの80年を二つに分けると、前半の40年、すなわち60歳までが人生の第一期です。後半の40年、60歳からの人生が第二期で、いわば人生の本番といえます。

 

本書の著者・田口佳史氏はこのように100年時代のキャリアを定義する。渋沢の場合はどうか。
渋沢は、20歳までに裕福な農家の両親のもと教養やビジネスを学び、その後は武士に転身、役人として手腕を発揮する。その後33歳で役人としてのキャリアを捨てると今度は実業の世界に入り、500以上の企業のスタートアップに関わっていく。ここまでが渋沢の人生の第一期。その後、60歳以降の第二期には渋沢は実業界を引退し、民間外交に力を入れていった。民間の国際交流を重視した渋沢は、69歳から81歳にかけて、4度も渡米をしている。

 

まさに「人生100年時代」を先取りするかのように、自らの身分やキャリアを変えながら、第二、第三の人生を精力的に歩んでいきます。
今、私たちが真剣に向き合わなければならない「キャリア設計」そのものではないでしょうか。

 

渋沢栄一が教える「志」の立て方

 

キャリア設計を考えるにあたって、渋沢は著書の『論語と算盤』の中で重要な教えを残している。

 

まず自己の頭脳を冷静にし、しかる後、自分の長所とするところ、短所とするところを精細に比較考察し、その最も長ずる所に向かって志を定めるがよい。

 

「志」、すなわち自分の選ぶ道を決めるには、頭をクリアにして自分の長所が何なのかをみつめ直すことが重要だと言うわけだ。また次のように続ける。

 

またそれと同等に、自分の境遇がその志を遂ぐることを許すや否や深く考慮することも必要で、例えば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立てても、これに資力が伴わなければ、思うようにやり遂げることは困難であるというようなこともある。

 

つまり、やりたいことがありそれに適した資質を持っていたとしても、それを続けるための環境が整っていなければやり遂げることは難しい、ということだ。「好きなことを頑張っていればいい」など という甘言は言わないのが渋沢らしいバランス感覚だと田口氏は言う。
しばしば私たちは、「自分のやりたいことが分からない」という状況に陥る。就職活動をするとき、仕事に慣れてマンネリ化してきたとき、あるいはいくら続けても仕事が好きになれないとき、そんなことを考える。そんなとき、渋沢がここで言うような長所を発揮できる場はどこなのか、それを続ける条件はあるかを考えることは有効なアプローチ方法だろう。
ちなみに渋沢自身は、自らの志を立てたのは役人を辞めて実業の世界に入った33歳の頃だったそう。その前の役人になった時期は「短所に向かって突進するようなものだった」と振り返っている。しかし傍から見れば、農民から武士となり役人となったからこそ「日本経済の父」として活躍した渋沢の姿があるように思える。本人が失敗と思うような経験も含めたキャリアの積み重ねこそが、実は行くべき道に繋がっているのかもしれない。

 

100年を愉快に生きるには

 

田口氏自身、50歳まではビジネスコンサルティングとして活躍しながら「どうして、私はこんなにも仕事が愉快でないのだろう……」と思い過ごしていた時期から、キャリアチェンジを成功させている。

 

当時の私は「それは、まだまだ自分に努力が足りないからだ」と思っていました。もっともっと努力をして自分に実力がついてくれば、仕事は愉快になるはずだ。とにかく、今は努力が足りない。
半ば自分に言い聞かせるように、そう思い続けていました。
しかし、それは違いました。間違っているのに気づいたのは、50歳のとき。20年も仕事をしていながら、やっとそこで気づいたのです。

 

田口氏がそう気づいたのは、ある日課がきっかけだったという。田口氏は30歳の頃から毎朝5時に起きて2時間じっくり中国の古典書を読んでいた。他人からすれば、なんと勉強家なんだろうと感嘆してしまう習慣だが、田口氏にとってその時間は強いてやっているものではなく純粋に楽しんでいる時間だった。

 

どんなに一生懸命努力しようとも「楽しんでやっている人」には敵いません。だったら自分が思いっきり楽しめることを仕事にしよう。50歳にして、私は思い立ったのです。

 

そこから田口氏は「東洋思想をベースとした経営論」「東洋思想を踏まえたビジネス戦略」「東洋思想を重視した資本主義、新しい企業のあり方」を伝える事業へとキャリアチェンジをして、今に至る。新しいキャリアが軌道に乗るまでは10年かかった。それでも田口氏は次のように言う。

 

私は50歳から始めましたが、40歳からでも、60歳からでも構いません。孔子は自分自身のことを「学問に夢中になって、老いが訪れることを忘れてしまっている人間」と評していました。年齢なんて忘れてしまうほど、楽しいことを見つけることが肝心です。
それこそが「100年時代」を愉快に生きていくコツだと私は思っています。

 

文/藤沢緑彩

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渋沢栄一に学ぶ大転換期の乗り越え方

渋沢栄一に学ぶ大転換期の乗り越え方

田口佳史

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