それでも、人は生きていくしかないのか――|遠田潤子さん新刊『紅蓮の雪』
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ryomiyagi

2021/03/20

 
撮影/前川政明

 

’20年『銀花の蔵』が第163回直木賞候補になった遠田潤子さん。新刊は大衆演劇を舞台に青年の苛烈な人生と再生を描く物語です。「9割が絶望でも、あとの1割で生きていく。そういう人物を描いたつもり」と遠田さんは語ります。主人公に寄り添い、応援しながら読み進める先にあるものとは?

 

人生は理不尽で苦しいことばかりでも、生きていくしかない。それを書きたかった

 

紅蓮の雪
集英社

 

「テレビのバラエティ番組で梅沢富美男さんを見て“今はタレントとしてこんなに活躍しているけれど、一世を風靡した大衆演劇の超人気座長であり役者だった”と思い出したことが着想の始まりです。今も素敵なおじさまですが、当時は『夢芝居』が大ヒットするなど幅広い芸風で多くの人を虜にしておられた。本当に妖艶で独特の迫力がありました。ちょうどバディものの依頼があったので、大衆演劇を舞台にして書いてみようと思いついたんです」

 

 ’20年に第163回直木賞候補になったのが記憶に新しい遠田潤子さん。新作『紅蓮の雪』では大衆演劇に生きる伊吹と慈丹の物語を圧巻の筆致で紡ぎました。

 

 物語は伊吹の自殺した双子の姉・朱里の葬儀シーンから始まります。伊吹と朱里は幼いころから両親の愛を感じたことがなく、お互いを支えに生きていました。だからこそ朱里の自死に打ちのめされた伊吹ですが、遺品の中から朱里には無縁のはずの大衆演劇「鉢木座」の半券を見つけます。手がかりになるかもと考えた伊吹は「鉢木座」の公演を観に行き、座長に「何か知らないか」と詰め寄ります。その様子を見ていた若座長の慈丹は伊吹を一座に誘うのでした。

 

「実は私、大衆演劇を生で見たことがなかったんです。小説のなかで『鉢木座』の芝居を見た伊吹が衝撃を受けるシーンがあるのですが、彼の衝撃は私が受けた衝撃そのまま(笑)。“こんな世界があるのか!”と本当にびっくりしました。とにかく舞台がすごい。演歌で踊りまくる。時代劇の舞台で歌謡曲がかかる。見得を切る場面で堀内孝雄の『愛しき日々』がかかる。お捻りが飛ぶことは知っていましたが、剥き出しの1万円札を1枚ずつ折って扇子にして役者さんたちの胸許に付けるお客さんが続出ですよ! 目の前で札束が飛び交うのを見たら本当に驚きます。舞台と客席が近い劇場も独特。舞台もお客さんも劇場も、とすべてにおいてインパクトが強くて病みつきになりました(笑)」

 

 ある日、伊吹はひょんなことから両親が「鉢木座」と関わりがあったこと、しかもそこには慈丹も気づいていなかった秘密があったことを知ります。

 

「『理不尽な状況を書きたい』という思いがあって作家になりました。というのも、生きていくのは理不尽で苦しいことばかりだと思うからです。実際、この年になると本当にそうしみじみ思いますね。今回の小説もその延長線上にあり、自分ではどうしようもできないことがあっても、それでも生きていかなければならないということを書きたいと考えていました」

 

 遠田さんは言葉を丁寧に選びながら、静かに続けます。

 

「伊吹が抱えるのは一生解決しない問題で、折り合いをつけて生きていくしかありません。でも、多かれ少なかれ、誰しもどうしようもない状況の中でなんとか折り合いをつけながら生きていると思うのです。たとえ人生の9割が絶望で、あと1割しか耐えられることがなかったとしても、その1割でなんとか人生を生き抜いていくしかないし、生き抜いてほしいと思っています。この小説ではそういう人物を描いたつもりです」

 

 明らかになっていく事実に何度となく心をかき乱されながらも、ラストに用意された一筋の光に深い感動を覚える──。満足度の高いエンタメ小説の誕生です。

 

PROFILE
とおだ・じゅんこ◎’66年、大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。’09年「月桃夜」で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。著書に『アンチェルの蝶』(第15回大藪春彦賞候補)、『ドライブインまほろば』(第22回大藪春彦賞候補)、『銀花の蔵』(第163回直木賞候補)、『雨の中の涙のように』などがある。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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