世界の根源的な問いのヒントはすべて20世紀にあるかもしれない
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BW_machida

2021/04/12

『20世紀論争史』という本書のタイトルを、小難しい本とかん違いしてスルーした人は少なくないだろう。しかも『現代思想の源泉』なんて堅苦しい副題までついている。そうして通り過ぎてしまった人たちを呼びとめて、とりあえず本を開いてみてよ、と声をかけたい。本書は、20世紀を代表する知の巨人たちが繰り広げたさまざまな「論争」を対話形式で振り返る、ちょっと変わった一冊だからである。

 

取り上げられる話題は、時間とは何か、言語とは何か、論理とは何か、存在とは何か……とじつにさまざま。かつて哲学の世界で思弁的に論議されるばかりだったこうした根源的な問いは、20世紀に自然科学からアプローチされるようになる。そしてこの種の「論争」は21世紀の現代においても形を変えながら継続して論議されている。

 

聖アウグスティヌスは生涯にわたり時間論を追求した哲学者だが、彼は自伝『告白』に時間について次のように書き記している。「時間とは何か。誰も私に問わなければ、私はよく知っている。しかし、誰かに説明しようとすると、私は何も知らない」私たちは今でも時間のことを直感的に知っているし、時間を使っているのに、いざ説明しようとするとそれが何かをうまく伝えられずにいる。

 

教授 「近代的な意味での時間を物理的に考察したのは、何といってもアイザック・ニュートンだ。彼が1687年に発表した『プリンキピア』では、宇宙が『絶対時間』と『絶対空間』という枠組みにおいて、初めて厳密に定義された。」

助手 「その『絶対時間』とは?」

教授 「何物にも関係なく、それ自体で流れる『絶対』的な時間ということ。絶対時間は、宇宙において『単一』であり、恒常的に一定の割合で『一様』に流れ、そのどの部分を切り取っても『等質』だという性質がある。」

助手 「つまり『客観的時間』ということですね。」

 

「教授」と「助手」がコーヒーを飲みながら対話形式で進行していく本書では、時間についての論争がこんなふうに語られてゆく。

 

時間とはいったいなにか。本書の読みどころは、こうした根源的な問題がべつの人物によってさらに思想的な拡がりをみせてゆくことにある。

 

ニュートンは絶対的な時間と空間の枠組みの中で、あらゆる現象が生じると考えた。いわゆる「古典物理学」の構築だ。ニュートンの古典物理学はやがてフランスの数学者ピエール・ラプラスの「機械論的決定論」に結びついてゆく。1859年にダーウィンの『種の起源』が刊行されると、進化論はさらに広まり、機械論的な考え方がいっそう浸透してゆくわけだが、それに異を唱えたのがドイツの生物学者ハンス・ドリューシュだ。彼は生物には非生物にはない何らかの力があると考える「生気論」を唱えた。こうして20世紀初頭にはじまった「機械論×生気論」の対立は、現代へと受け継がれていくことになる。

 

本書で扱われる「論争」には、さまざまな哲学的問題が潜んでおり、絶対に正しいとされる解答が用意されているわけではない。そのことにもどかしさを感じるかもしれないが、多彩な論争を通して視界を拡げることを楽しむのには良い手だろう。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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20世紀論争史

20世紀論争史現代思想の源泉

高橋昌一郎

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