脳は自分で止められない。世界の見方を大きく変える「心理学的決定論」
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BW_machida

2021/04/19

これまで何冊も心理学の知見を面白おかしく紹介する本を書いてきた気鋭の心理学者、妹尾武治さんがついに到達した心理学的な仮説。それが本書のタイトルでもある「未来は決まっており、自分の意志など存在しない。」というものだ。

 

哲学者ギルバート・ライルは、身体に依存せずに心は存在しえないと述べている。私たちが心と呼ぶようなものは行動のパターンにすぎず、心とは潜在的な行動であると言うのだ。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズは、今から100年以上も前にすでに意識とは誰もが自然にそこにあると思っているが、それをきちんと説明しようとすると誰もそれができないことを指摘している。

 

となると、意志とはなんなのだろう。私たちに本当の意味での自由意志はあるのだろうか。あるいは自分で決断していると思い込んでいるだけなのか。こうした疑問は、脳から犯罪を考えることでより深まってゆく。犯罪心理学とそれに関する脳科学の知見では、世界は事前に決まっていて、個人の意志の力は行動を変えるに足らないとのエビデンスがすでに集められているという。

 

たとえば犯罪の責任は、その犯罪を行った人物にあると考えられがちだ。しかし幼児には法的責任は問われない。彼らの脳が未熟なためだ。ほかの例ならどうだろう。たとえば止められない万引きは誰に問題があるのか。著者いわく、「クレプトマニア(窃盗症)」という脳の病気を患う人は、お金を持っていたとしても万引きせずにはいられないらしい。とするなら、悪いのは脳だろうか、それとも人だろうか。

 

脳の病気によって犯罪が減刑されたという例は数多くある。現在では、小児性愛者には特有の脳の活動、脳の特徴があることが分かっていて、異性愛の男性が通常興奮するような性的な刺激画像をみても小児性愛者は興味を示さないことが脳の活動レベルから報告されているという。

 

著者はこうした事例について、意志の力で興奮しようとしても彼らにはとうてい無理な話であり、それは異性愛の男性にヌード画像で興奮しろといっているのと同じだと述べる。さらに、小児性愛は脳の個性であり、同性愛、異性愛と同列に語ることができる可能性があるとも述べる。

 

「もちろん圧倒的多数の人間は、インモラルとされる行動を欲したとしても、代替可能ななにがしかのもので自分の欲求を抑えて、ことなきを得るだろう。アダルトビデオにもインモラルなものは多数存在するし、同人誌のインモラルぶりもほとんどの人がそれらを空想の範囲で飼いならせていることを傍証している。しかし、ごくごく一部に、どうしても欲求を行動に移したいという人間がいるのだ。もちろん異常ではある。しかし彼の脳の立場に立てば、それは不可避な欲望であり、行動に移さざるを得ない欲望なのだ。止められない、なにがしかなのである。そういう意味では、犯罪者、悪人はとても運が悪いのだ。」

 

もし自由意志が錯覚だとするのなら、世界の見方は大きく変わってしまうことになる。もし脳が意志に先立つのだとしたら、著者の言うように私たちは不可避で圧倒的な人間を操作する力、つまり神のような存在の奴隷でしかないのかもしれない。「心理学的決定論」は、人間の存在の本質に関わる問題だ。自由意志などなく、決定論が正しいとするこの思想、多様性が叫ばれる時代に新しい視点を与えてくれるかもしれない。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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この記事の書籍

未来は決まっており、自分の意志など存在しない。

未来は決まっており、自分の意志など存在しない。心理学的決定論

妹尾武治

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