過去の自分と向き合いながら書いた小説です|松家仁之さん最新刊『泡』
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2021/04/24

撮影/松蔭浩之

 

編集者として数々の名作を世に送り出した後、’12年に小説を発表した松家仁之さん。以降、多くの読み手を魅了してきました。新作では「これまで自分が対象にしてこなかった10代の子を書いた」と語ります。不条理な人生と対峙するすべての人に読んでほしい、崇高な小説です。

 

未解決のままだった、自分の過去と向き合いながら10代の子を書いた小説です

 


集英社

 

 第68回芸術選奨文部科学大臣賞、第6回河合隼雄物語賞のダブル受賞をした『光の犬』。静謐な筆致で紡がれる豊かな世界に多くの読み手が虜になりました。あれから3年、松家仁之さんの待望の新作『泡』が書店に並びました。

 

 主人公は高校2年生の薫。文武両道を標榜する男子高に進学したものの、しごきのような硬式テニス部の練習、問答無用の体育授業、イナゴの群れのようにひしめきあう同級生たち囲居場所をなくしていきます。登校できなくなった薫は、夏の間、大叔父・兼定のもとで過ごすことに。兼定はシベリア抑留から復員後、知り合いが誰もいない海辺町に移り住み、岡田という青年を雇ってジャズ喫茶を経営していました。

 

 執筆のきっかけについて、松家さんはこう話します。

 

「集英社さんとの初めての仕事なので、これまで自分が対象にしてこなかった年代の人物を書きたいと考えました。しかも、青春小説を書いたことがなかったので、10代の子がどう生きているのかを書いてみよう、と考えたんです。
 僕自身、中学高校は辛いところでした。将来、社会人になって仕事をしてお金を稼ぐなんて自分にはできないとずっと思っていました。ところが、会社に入ったら過剰適応し、がむしゃらに仕事ばかりした(笑)。結局、どうしてあんなに嫌だったのかは未解決のまま、蓋をした過去になっていたんです。この小説はそんな過去の自分と向き合いながら書きました」

 

 ところで文部科学省の調査によると令和元年度の小中高の不登校児童生徒数は23万人を超えます。

 

「僕が子どものころは不登校や引きこもり、その背景にあるかもしれないといわれている発達障害などという言葉がありませんでしたが、もしあったら自分のことだと思ったことでしょう。こういう言葉が広まり、ある程度不登校が認められてサポートするシステムができつつあるのは望ましいと思います。一方で、そう名づけられ、枠組みに押し込められ、君はこうなんだと決められてしまうことはどうなんだろうと思うこともあって。それで、50年前に学校に行くのが辛かった僕としては、そういった感情を小説という場で間接的にでも共有したかったんです」

 

 薫に多くを語らない兼定は、シベリア抑留で筆舌に尽くし難い経験をし、復員後は親族からいわれのない非難を受けます。薫との対比で描かれる彼の追想は読み手の心を深く射抜きます。

 

「シベリア抑留については高校生のとき、画家・香月泰男のシベリア・シリーズを見て以来、関心を持っていました。抑留された方は60万人くらいいらっしゃるのですが、帰国された方々もご高齢でお亡くなりになった方が多く私なりに伝えたいという気持ちはありました。また、他者に強制的に行動を制限された薫の経験と兼定の抑留体験が、互いに言葉にはならない理解を生み、響き合えたらとも考えました。ただ、兼定と薫は親族ですから語り合うのは難しい。そこで薫より10歳くらい上の、素性の知れない岡田を登場させたんです。薫が世に出ていくときのロールモデルになるといいと思って。集団の中で生きるのが辛くてもこういう生き方もある、と」

 

 不条理な経験から逃げず、日々を丁寧に生き、思考し続ける──。粛々と人生を生き抜くことの気高さを静かに語る傑作です。

 

PROFILE
まついえ・まさし◎’58年、東京都生まれ。編集者を経て’12年に発表した長編小説『火山のふもとで』で第64回読売文学賞、’18年『光の犬』で第68回芸術選奨文部科学大臣賞、第6回河合隼雄物語賞を受賞。その他の小説作品に『沈むフランシス』『優雅なのかどうか、わからない』。共著に『新しい須賀敦子』。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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