『われらの世紀』刊行記念インタビュー|真藤順丈「ずっと出したかった短編集が、ようやく結実」
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BW_machida

2021/05/27

四月に刊行された真藤順丈氏の『われらの世紀』。作家の黒木あるじ氏に、一作ずつの感想を交えながらインタビューをお願いした。短編好きの、短編書きによる、短編の楽しみ方を開陳しよう。(聞き手/作家 黒木あるじ)

 

 

ずっと出したかった短編集が、ようやく結実

 

真藤 黒木さん、今日はわざわざどうもです。よろしくお願いします。

 

黒木 お久しぶりです。普段インタビューの仕事はしないのですが、今回の『われらの世紀』を早くお読みしたい、その一心でお受けしました。短編集が好きな僕ですけど、この作品集は読後の疲労感がすごかったです。本当に一作読み終えるたびに長編一作読んだようにぐったりしました。

 

真藤 大長編、長編、短編、掌編のいずれも書けてこその作家だと思うのですが、とりわけ短編は難しいです。長編と短編の違いは、よく長距離走と短距離走にたとえられるけど、実際には、大きな建築物を建てるのと精緻な時計細工を作る、というぐらいの技術の差があると思いますね。黒木さんはそのあたりではいかがですか。

 

黒木 僕は〈怪談〉から出てきたので、短編になじみがありますが、最近は長編を書く筋肉を模索していますね。それとは別に、短編を夢中になって読んだ、あの興奮を自分の作品でも出したいなとは常に考えています。やはり短編に惹かれるんですね。

 

真藤 たとえば未読作家の作品に入っていくうえで、短編集が入り口にもなる。短編集から入って、この人はいいぞとなったら長編に手を伸ばすというようなことをやってきた。安部公房や筒井康隆、ロバート・ブロック、スティーブン・キングや江戸川乱歩といった名手の短編集で小説をおぼえたので、自分でも短編集は出したかったんです。前作で反響があって、わりと企画が通りやすくなったなかで、今なら短編集イケるかもと下心が働きました。

 

黒木 チャンスが来たぞと。

 

真藤 連作とかじゃない純粋な短編集って、新人とかだと嫌われるじゃないですか。セールスにつながりにくいし、長編みたいに賞にからむ機会も少ないし。だけど今なら版元がGOくれるかもって。幸いにしてこの「小説宝石」や光文社は、短編に対して懐が深いというのもあった。黒木さんも寄稿している『異形コレクション』(光文社文庫)もあったしね。

 

黒木 短編の着想はどのあたりから生まれてくるのでしょう。
短編のつもりで読み終えると、長編を読了したような疲労感が真藤短編にはあって、「あれ? コンビニに行ったはずなのに、フルマラソンしたぞ」という錯覚を……。

 

真藤 だけど短編は、本当はそれじゃいけないというのもあるじゃないですか。読むほうは、つっかけサンダルで出てきてるんだってことでしょ。いかに面白いコンビニの風景を見せるかが短編の妙味であって、僕はどうしても長編の考え方で短編を構想してしまうんだと思います。

 

黒木 とはいえ、短編でこれほど濃くて切れ味の鋭いものを書くというのは、僕なんかは一人の書き手としても、恐ろしい着想の力だなと。

 

真藤 アイディアの鉱脈はあるんだけど、それをどうやってカッティングして宝石を削りだすか、というのが短編の難しさだと思います。

 

黒木 では、それぞれの作品についてお聞きします。収録第一作「恋する影法師」。あのときの広島を書くというのは、とんでもない決意だと思ったんです。多くの先人が書いてきたテーマを、真藤さんはこんな幻想譚めいた形にするのか、すごいと唸ってしまいました。アイディアとしては、広島の八月六日を書こうというところからですか。

 

真藤 あれは、パントマイムで一本書きたくて『天井桟敷の人々』という映画がまず浮かんで。広島に原爆が落ちたときに、銀行の前に影が焼き付いたという話があるじゃないですか。それとパントマイムを重ねたときにあの話ができた。人影の石は知られているけど、それについての物語って読んだことないなあって。

 

黒木 あくまでも記録として残っているだけですね。

 

真藤 だれしもの心に引っかかっているものをもとに寓話風のものを書きたいというのが最初ですね。

 

黒木 あれが第一話なのは、入り口として巧みだと思います。真藤さんは、こうやって人間を生み出していくのかと読者が理解できますもんね。私はあれを読んで、おなかがいっぱいになって、その日はそれ以上読まずに、お茶を飲んで過ごした記憶があります。まず落ち着こうと思って。

 

真藤 あれだけはちゃんと短編になっているかもしれないですね。二作目からは短編のふりをした他の何かというか……。

 

黒木 翌日「一九三九年の帝国ホテル」を、気を取り直して読み終えて「……どういうことだ?」と。さっき言った「俺は今、一冊読んだぞ」という感覚があったんですよ。ボリューム的には短編です。分厚い長編を読んだような、あるいはスペクタクル大作の映画を観たような濃さがあります。あのボリュームなのに、すごい冒険活劇じゃないですか。続く三作目「レディ・フォックス」も終戦間際の話ですが、戦中戦後の混乱期は、真藤さんの中でもテーマになっているのでしょうか。

 

真藤 近代史はひとつの軸として突きつめたいので、沖縄の戦後を描いた『宝島』から、このところ書くものはどんどん時代をさかのぼっていますね。

 

黒木 冒頭の三作を読んで、『宝島』でも感じたんですが、教科書とかニュース・報道等でこういうことがあった、あるいは、もう少し深掘りしたルポとかドキュメンタリーで知る「記録」が、真藤さんの手にかかると、ものすごい血が通うものになります。言ってみれば、どれも盛大なほらじゃないですか。

 

真藤 大ぼらね。

 

黒木 その大ぼらのマジックにかかると、あの時代に生きていた人たちから受け継ぐものが、われわれの中にあることを実感できます。「レディ・フォックス」に好きな一文がありまして、「思うんだども、わたしたちはみんな誰かのつづきだばい」この台詞が、中盤でさらっと出てくる。「ひゃー、すげえ!」と声になりました。僕は青森の生まれで、函館とか北海道にも縁がいろいろあります。この作品が『アイヌ神謡集』にまでつながるのは、予想しませんでした。こんなに上手に、津軽から派生した北海道のあの辺りの方言を書いた短編を見たことがないですよ。

 

真藤 方言に関しては、割りきりも必要というかね。結局、言文一致というのは実際には不可能であるのだから、物語世界の中で独自のクレオールを作っていくぐらいがいい。

 

 

黒木 真藤さんはどの辺りまで資料を集めたりしますか。

 

真藤 作品にもよりますが、たとえば『宝島』なら、沖縄は非常に豊かに資料があります。警察ОBにせよ活動家にせよ、自分たちの生の記憶を残していこうという意思が強いから。「県産本」という本屋の棚分けがあるのは沖縄ぐらいです。資料を深掘りしようと思えばどこまでもできるけど、強すぎる史実に物語が呑みこまれそうになったらそこで一旦止めますね。

 

黒木 なるほど。そこで線を引くんですね。

 

真藤 ストーリーの飛翔できる余地を残す、というかね。個人の物語を自分なりに微分できなくなるのは危険なので。

 

黒木 興味があって探って、調べ倒した中からイリュージョンが出てくるんでしょうね。そして第四話の「笑いの世紀」。ここでまた打ちのめされるわけです。第六話の「ダンデライオン&タイガーリリー」と第九話の「終末芸人」の三作が芸人の話で、共通点がありますね。

 

真藤 当初、ゆるい縛りとして芸能や興行の話で集めてみましょうというのがあったんだけど、他に書きたいものも出てきたので。

 

黒木 そうだったんですか。これまでも「苦しいときほど人は笑うんだぜ」というところに着地する物語は、いくつか読んできましたが、「笑いの世紀」は「負けるんだよ。戦争の前では、笑いも負けるんだ」と。これほどハッとさせられるのは初めてでした。「すげえな、これ、ハッピーエンドだぜ」と思いきや、読者を奈落に落とすじゃないですか。

 

真藤 落とす? ああ、そのあとの短編ですね。

 

黒木 つまり、「ダンデライオン&タイガーリリー」は同じく芸人の話で、読むうちに、登場人物に読者としては愛着が湧くわけです。「ああ、幸せになってほしいな。ぶきっちょだけれども、この小屋の中で生きていく人たちよ」と思うわけです。それが、ラストでは……。「こう来るのかよ」という。その派生で言えば、第七話「無謀の騎士」も最初の三ページぐらいで、「うわっ、嫌な話だな」と思ったんです。YouTubeとかの動画を見ていく中で、ふいにオススメみたいなものに、いたたまれない気持ちになる人というのが登場するじゃないですか。多分この主人公もその手の人物で、僕は愛情を持つことはないだろうと思いながら読み進めていったら、ラストで大好きになったんですよ。読者の想像を裏切ろうというか、予想していないところに連れていこうと考えてから書くものですか。それとも書くうちに生まれてくるんでしょうか。

 

真藤 長編は、最初に組んだプロットを越えて話が動きだすとうまくいくところがありますが、短編はそうはいかない。僕は、短編はインプロビゼーションみたいに書けないです。けっこう決めこんで書かないとなんべんも書き直すはめになる。最初に青写真を描くときは、できるかぎり人類の知らない感情にたどりつきたいというか、未知の領域に達したいという思いで構想を固めていきますね。

 

黒木 「終末芸人」ですが、「笑いの世紀」と「ダンデライオン&タイガーリリー」を読んでいるから、「さあ、どう来るんだ?」と、ファイティングポーズで、次はやられないぞと思っていると、「そう来たのか」「幸あれ」みたいなところに連れていかれます。幸福な読書体験です。

 

真藤 「終末芸人」は『異形コレクション』の「喜劇綺劇」という、笑いをテーマにした異色のお題のときの作品で、それがこうして芸人を書くきっかけになりました。小説で芸人を取り上げるとは思ってなかったけど、われわれはテレビのお笑いの洗礼を受けた世代じゃないですか? それに芸人は書いていて物語が思わぬ方向へドライブしていく。「無謀の騎士」のYouTuberのような、ボンクラだけどいとおしいという人と、横山やすしや桂春團治のような狂気の破滅型芸人が表裏一体で共存している世界を書きたかったんです。

 

黒木 すごく優しいまなざしだと思ったんです。嘘つきでくだらなくて、善意のかけらもない人たちばかりなんだけれどもいとおしい、そういうテーマを全編から感じました。

 

真藤 近現代だと、今のように漂白されていないむき出しの、えげつない人間性みたいなものが、ごろっと投げ出されていたりしますよね。そういう人たちを見たり考えたりしていると、つい嬉しくなって見入ってしまうのかも。本当にこの作品集を読んで、作者の優しいまなざし、なんて感じました?

 

黒木 はい、しみじみと。さて、ようやくラストにたどり着いたんですが、第十話「ブックマンーありえざる奇書の年代記」が僕は一番好きなんです。

 

真藤 こんな、怪物がうようよ出てくる話を?

 

黒木 大好きなんですよ、何度も読み直しましたから。すごく壮大な物語を四十ページほどで書いてある。第五話「異文字」で語られたこともあわせて〈言葉をつづって人は死ぬし、歴史はついえるし、建物は空爆されたり朽ち果てたりして壊れる。あらゆるものは変わっていくし、死に絶えるんだけれども、言葉によって次に受け継がれてバトンとなって、物語という形で皆は生き続けるんだ〉ということを、九編で語り、十編めの「ブックマン〜」で、「だろ?」と言っているような形式。この作品で終わるのが啓示的で、ありがとうという感じになりました。『われらの世紀』というタイトルにも絡みますが、今読むべき本だと、僕は感じたんです。

 

真藤 それはこちらこそありがとう。黒木さんはやっぱ奇特な人ですね。

 

黒木 おべっかとかお世辞とか社交辞令とかではなく、この十編を読んで「真藤順丈って、ジャンルだよね」という気がしました。

 

真藤 あ、それは完全に社交辞令だな。

 

黒木 いや、そんなことはないですって(笑)。

 


『われらの世紀 真藤順丈作品集』
真藤順丈/著

洋の東西を問わず、昭和、平成、令和の百年をつらぬいて生き抜くひとびと=「われら」の人生模様を、『宝島』で直木賞を受賞した真藤順丈が凄まじい熱量で描きだす作品集。

 

 

真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)1977年、東京都生まれ。2008年『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、その他に電撃小説大賞銀賞、ポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ別の作品で受賞。2018年『宝島』で山田風太郎賞、直木三十五賞、沖縄書店大賞を受賞。他に『黄昏旅団』など著書多数。

 

 

聞き手/黒木あるじ(くろき・あるじ)1976年、青森県生まれ。2009年『おまもり』でビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、2010年『怪談実話 震』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。著書に『葬儀屋 プロレス刺客伝』『怪談四十九夜 断末魔』など多数。

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