[スペシャル対談]世界に先駆けて日本で治療が始まった「光免疫療法」。開発者・小林久隆 vs. 医師2年目・八木優子
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ryomiyagi

2021/05/31

第5のがん治療として注目を集める「光免疫療法」は、昨年9月、ついに実用化。

 

光免疫療法は極めてピンポイントに「がんだけ」を壊す新たながん治療法だ。
がん細胞の表面にあらわれるたんぱく質の一種である「がん抗原」にくっつく薬剤を体内に投与し、これががんに集まったところで近赤外光を照射しがんを破壊する。
この極めてシンプルな治療法が世界中から注目されている。

 

世界に先駆け、昨年9月に日本で薬剤と機器の製造販売が認可され、いまは「条件付き」で頭頸部がんといった一部のがんに対し、国立がん研究センター東病院など全国15カ所の医療機関で治療が始まっている。
今後は頭頸部以外のがんへの適用拡大が待たれる。

 

そんななか、「第 80 回 日本医学放射線学会総会」で登壇するため光免疫療法の開発者である小林久隆博士が一時帰国。
特別講演で光免疫療法による治療の成果を発表。大きく広がった頭頸部がんの腫瘍が光免疫療法によってみるみる縮小し、瘢痕まで目立たなくなっていくプロセスを紹介し、来場した関係者らは食い入るように動画に見入ったーー。
今回は、コロナ禍での来日を実現させた小林博士に、多忙を承知で対談企画を提案。
「若手研究者」を育てることにも使命を持つ小林博士から快諾をいただき、都内の病院に勤務する医師二年目の八木優子さん(25)が小林先生の著書『がんを瞬時に破壊する 光免疫療法』をベースに、光免疫療法の現状とがん治療の未来はどう変わっていくかを聞いたーー。(取材・文/本荘そのこ)

 

医師2年目の八木優子さん(左)の質問に真摯に答える小林久隆博士(右)

 

八木 お会いできてとても光栄です。今日は宜しくお願いいたします。

 

小林 私は以前八木さんの同級生の方から光免疫療法に興味を持ってお問い合わせをいただいて、面会したことがあります。若い優秀な方の意見をうかがうことは、とても刺激があります。

 

――八木さんは桜蔭学園、東大医学部を経て、現在医師二年目。大学時代に米国のジョンズホプキンス大学に留学した経験もあり、小林先生の所属するNIH も見学したという。

 

八木 はい。六年時にジョンズホプキンスに2ヶ月留学に行ったのですが、そのときにせっかくなのでNIHにも行きました。世界最高峰の研究機関を見学したいと思ったのですが、予想以上に素晴らしい環境で、またここへ来られたらと思いました。

 

小林 いいかもしれませんよ。留学するなら若ければ若いほうがいいと私は思います。
私がはじめてNIHへ行ったのが33歳でしたから。もっと若いほうがよかったかもしれない。
ホプキンスは病院のほうへ行かれたのですか?

 

八木 はい、循環器科と整形外科で1ヶ月研修させていただきました。朝4時に起きて5時から回診するというハードなスケジュールでした。

 

小林 ずっとホプキンスですか? アメリカだけですか?

 

八木 アメリカはホプキンスだけで、その後シンガポール国立大学へも行きました。

 

小林 シンガポールナショナルジェネラルホスピタルですね。私もシンガポールはその病院群の一角にあるナショナルキャンサーセンターで一緒にこの仕事をさせていただいています。ここも、よい環境ですよね。

 

八木 はい。シンガポールもすごく勉強になりました。

 

―― 八木さんは医師2年目。研修医(「スーパーローテーション」の時期)として研鑽の日々を送っているということ。いまは整形外科へ進む道を考えているとのこと。研修中はほぼすべての診療科を経験するなかで「がん医療」をどう感じたのだろうか。

 

八木 がんはいま、治る方も多くなっていますが、部位によっては手強い領域であると感じます。特に研修中、若い方やお子さんが亡くなられると気持ちを立て直すことが大変でした。そんななかで今回、小林先生のご著書『がんを瞬時に破壊する 光免疫療法』(光文社新書)を拝読しました。

 

 

―― 従来のがん治療「外科手術」「放射線」「薬物療法」との違いについては。

 

八木 がん治療法の研究は盛んに行われており、新しい治療法が将来的に出てくるのだろうなという思いは学生時代からありましたが、免疫療法がここまで台頭するとは考えていませんでした。大学に入学したばかりの頃に抗PD-1抗体オプジーボ®が認可され、2018年の本庶先生のノーベル賞受賞時にはとても話題になりました。私が臨床の場に出るまでの数年の間に、免疫チェックポイント阻害薬は一つのがん治療法として確立されつつあり、“免疫” 恐るべし、と思ったのを覚えています。また、昨今遺伝子塩基配列の個人差などに基づく個別化医療ががん治療の中心になってきていて、同じ診断であれば同じ治療をする、という時代は終わりつつあるのだなと感じています。
そんななか、光免疫療法では、同じく“免疫”という名前がつきますが、免疫チェックポイント阻害薬などとはまた違ったアプローチなのですね。この治療法が確立されると、がん治療が根底から変わっていきそうです。3大治療(外科手術・放射線・薬物療法)は今後どうなっていくと思われますか。

 

小林 光免疫療法は3大治療を否定するものではなく、あくまで新しいチョイスが増えたととらえていただいたほうがいいと思います。既存の治療も残しながら、ファーストチョイスとして使っていただくのが私の理想です。
光免疫療法で最大限の効果を得ようとするなら、免疫細胞のいなくなってしまったところで施すのは避けたいので、三大治療の前にするのがベストのタイミングである考えています。

 

八木 ネオ・アジュバンド(外科手術の前に抗がん剤治療を行うこと)の代わりとなる可能性もありますか?

 

小林 そうですね。この治療法はうまくいけば、がんを壊して免疫は下げない。できれば上げるという、両にらみの治療法です。ケモ・ラジ(外科手術の代わりに抗がん剤や放射線療法を行うこと)の代わりに、3大治療の前に行う価値は大いにあると思います。また、そこで成果があれば次に控えている手術はひとまず待機になるか、あるいは無くなるかもしれない。そこまで効果を出すことが目標です。

 

八木 この治療法のキモである、免疫細胞を惹起して転移も抑えるというメカニズムがすごいと思いましたし、そもそもがんを壊すことと免疫細胞を惹起することが両立するのでしょうか!?

 

小林 この治療の利点はたくさんのがん細胞を同時に壊し、しかもきれいに破壊することで、がん細胞のなかのすべての抗原が細胞膜を破ってフレッシュに出てくる。この抗原の品質の良さと密度の高さががんに対する免疫のできるポイントです。がんの特異な抗原をフレッシュなまま全種類、大量に免疫にさらすことにより(がんを認識できる)質のよいリンパ球を新たに作り出すことができます。

 

八木 がんをきれいに壊すことが鍵なのですね。

 

小林 そうですね。きれいに壊すことで、リンパ球が認識できる抗原の種類はちゃんと増えてくるのです。そして増えるだけでなく、がんを認識する抗原に対してより強くくっつくようになることがわかっています。強くくっつくことで多くのがんを殺せるという好循環も生まれます。こうして質のよいリンパ球をたくさん作ることによって残ったがんを根治させ、その細胞がメモリーになってしまえば、同じがんが再発する恐れもなくなるというメカニズムなのです。

 

八木 今後は他の部位への適用拡大も待たれます。

 

小林 そうですね。まだいまは条件付きでEGFRという抗原が発現している頭頸部がんだけですが当然のことながら適用拡大に向かっています。

 

八木 やはりそれぞれのがんにどのターゲット(抗原)が発現しているかが鍵になるのでしょうか? いまはEGFRが発現しているがんだけですが、今後、いろんなターゲットができるのですね。

 

 

小林 その通りです。ただ医療経済面を考えると少ない抗体でたくさんのがん患者さんをカバーできないと、より多くの患者さんに届けることができません。ですからやはり、はじめのうちは既によく利用されている抗原からということになりそうです。私は、そういう理由からHER2、PSMAは最初の論文で扱って、そのあとCEAあたりかと思っていたけれど、今では20種類以上の抗原でどれなら多くの患者さんをカバーできそうか試してみています。

 

 

八木 次はどの部位へ行くのでしょう? やはりEGFRが発現しているがんからですよね。

 

小林 そうですね。国立がん研究センター東病院で、食道と胃がんの治験は始まっています。食道は頭頸部の延長であり、発症原因もHPV(ヒトパピローマウイルス)か飲酒が主ですから頭頸部がんと同じノウハウでできるんです。それで早々に治験も始まっているのです。

 

八木 胃がんのほうも期待されていますが、該当する方は多いのですか?

 

小林 胃は腺上皮なのでEGFRの発現していないがんも多く、この抗体で治療できるがんはそう多くはありません。

 

八木 女性としては国内で年間8千人が命を落とす子宮頚がんも気になります。こちらもEGFRを発現しているタイプは多いのでしょうか?

 

小林 子宮頸がんは70%くらいEGFRが発現しています。アメリカはHPVワクチンの普及で子宮頚がんじたいは減っていますが、日本はまだしばらく減少しそうもないし、途上国もワクチンがあまり普及していないのでまだ数十年は残りそうなので、ぜひ子宮頸がんもEGFRの発現したタイプには治療を広げたいですね。

 

八木 あと私が気になったのはトリプルネガティブ乳がんのことで、EGFRが発現しているこのタイプは手強いといわれているので、使えるようになれば、と思いました。

 

小林 適用を広げていきたいですね。女性の場合、とくに乳がんの手術の前この方法を使うことで腫瘍縮小効果があれば見た目のダメージも軽減できると思います。

 

八木 さらに手術を回避できればいいですね。気になったことは、乳がんでHER2をターゲットに治療する場合、心臓と場所が近いので光免疫療法を行うと、同じくHER2を発現している心筋へのダメージの心配はないでしょうか?

 

小林 光はたかだか2、3㎝しか届かないので、乳房に照射して心臓まで届かせようとしても無理なのです。光が届いてしまえばHER2の発現があれば心筋細胞が死んでしまいますが、逆にこの光が届かないということをうまく使ってコントロールしていくことができます。

 

八木 がんの中でも強敵であるすい臓がんはどうでしょう?

 

小林 すい臓がんや胆管がんはいまだに死亡率が高いので、ぜひとも狙っていきたいと思っています。この治療の最大の支援者である楽天社長兼会長の三木谷浩史さんのお父様は膵臓がんで亡くなられているので、ぜひすいぞう臓がんをなんとかしたいという思いは強く持っておられます。

 

八木 膵臓へはどのように照射するのでしょう? 光を届ける方法は各部位によってさまざまですね。

 

小林 膵臓の場合は、胃ごしに刺すか、脾臓ごしにさすか。光を届けるというテーマは重要で、今回放射線学会に登壇したのは、そこにも理由があるのです。診断画像を使ってうまく針を刺してそこにファイバーを通して近赤外光を照射するという領域は放射線科の方々の専門であるので、ぜひこの領域ではご協力をお願いしたいのです。

 

八木 関西医科大学でも所長さんに就任されるとニュースを拝見したのですが、どのように研究を分けていかれるのですか? それとも分けない?

 

小林 関西医科大学の研究所は日本の研究拠点にできたらと考えています。この20年間、NIHの私のラボに来た日本人研究者は20名以上おられます。彼らは日本の様々な大学や研究機関、企業から私のラボを訪れて、その後それぞれの所属先に帰還しています。彼らがそこで研究を継続してくれるのが理想ですが、実際のところ一人、二人ではやりたいことを全てはできないのが現状です。そこで、国内の拠点が始動することで、そこと共同して頂くことによってNIHと同等のレベルの研究を続けていただくことも可能になります。  
機器を導入し、数百種類の細胞を揃えて、うちのラボと同じ実験ができる研究室を再現して研究に取り組むことができる。国内やアジアの研究者がわざわざ地球の裏側のワシントンDCまで来ていただかなくてもいいシステムを構築したかったのです。
光免疫療法の研究、治療じたいが本当の意味で完璧な完成形になるにはまだもう少し時間を要するだろうし、研究所が日米両方あっても、まだやりきれないほどの仕事があるので、業績はみんなでシェアすればよいことだと思うんです。ただ同じ研究を二ヶ所で進めることは研究費と労力の無駄になってしまうので、そこは交通整理をしなければなりません。

 

八木 そこは小林先生がなさるということですか? 

 

小林 そうですね。どのような研究をするというプランを私のところに提案してもらって、研究が重複するようなら、ここは少し方向性を変えたらどうかと指示しながら、両方動かせたらいいと考えています。ただあまり研究者が増えると手に負えなくなるので、日本の側ではそれぞれが一人前の研究者として自立して進めてもらえたらとも考えています。

 

八木 私は将来的に研究の分野にも関わっていきたいと思うのですが、まだ臨床しか経験したことがありません。臨床から基礎研究の道へ行くにはどういう資質が求められますか? 

 

小林 真面目で正直に真っ向から取り組む姿勢のある方であれば大丈夫かと思います。また、患者さんと向き合う臨床(現場)の経験は決して無駄にはなりません。将来、研究の道へ進むにしても、医療現場でフィットするため必要なものは現場にいた経験がなければわからないので、現場を知った上で研究に来ていただくのは歓迎されると思うんです。私も11年の臨床経験があるので言えるのですが、医療の現場ってかなり泥臭いですよね。そこをわかっていなければ、人の役に立つ研究はできない。最終的に医学のゴールは現場に還元できるものであることがいちばん大事なことであると私は思っているから。そこがないと患者さんのお役には立てないので。
ただ、日本で研究者として活躍の現場がどの程度あるかというと、なかなかいまの大学という組織の仕組みを考えると簡単ではないと思います。

 

八木 現場を続けていても、基礎研究も、挫折や心が折れそうなときもあると思うのですが。先生はどう乗り越えるのでしょう?

 

小林 どうだったかな? 結構打たれ強いんですね。あちらこちらで挫折があったので、慣れているのかもしれないけれど逆境のときほどエネルギーを持って頑張ることでしょうか。あとは心が折れないように、遠い目標と近い目標を持っておいたほうがいいですね。目の前の目標を決めて取り組むことは大事だけれど、遠いゴールも持っておいたほうが回り道ができるかもしれない。私もひとつの道をまっすぐに来たわけではなく、目の前でぶつかって転んではその道を捨てて次の道へ行き、迂回すると次の道が見えてきた。そうしているうちに転んだところが終わりではないということがわかります。そういうときこそエネルギーが出てアドレナリンが出るところなのかもしれません。

 

 

―― 医学だけではなく、すべての道に通じる大事な〝決断〟のタイミング……。

 

小林 私の研究は曲がりくねっていて。初期のころから抗体を使いはじめたのですが、放射線科医だから放射線を付けたりしたものの、この方法はダメだと思ったときに捨てざるを得なかったし。

 

八木 そこを捨てるのは大きな決断でしたね。

 

小林 放射線科医が放射線を捨てたのですからね。

 

八木 発想の柔軟さというか。覚悟というか、ですね。

 

小林 そうですね。捨てる決断は大事かもしれないですね。どうしても自分の専門に引きずられてしまいがちだけれど、ダメだと思ったときに他に何かないものかと目移りしていいと思う。世界は広いですから。八木さんも専門を決められただろうけれど、整形外科の学会だけでなく、もっと広くいろいろな学会を見てもいいと思いますよ。日本医学会では広すぎるかもしれないけれど。いろんな人が全然違う視点で研究に取り組んでいる、そういう広い視野で見ることで心が折れかけたときもまだ先はあると思えます。

 

八木 ありがとうございます。貴重な機会をいただきました。

 

がんを瞬時に破壊する 光免疫療法
小林 久隆/

 

プロフィール

 

小林久隆(こばやし・ひさたか)
1961年、兵庫県西宮市生まれ。現在、NIH/NCI(米国立衛生研究所・国立がん研究所)分子イメージングプログラム主任研究員として勤務。87年京都大学医学部を卒業し、95年に京都大学大学院内科系核医学を専攻し修了、医学博士号取得。同年に渡米、NIH臨床研究センターフェローに。98年に帰国し、京都大学医学部助手を経て、2001年に再渡米、NIHのNCIにシニアフェローとして勤務、05年から現職に。11年、光免疫療法の論文が米医学誌『Nature Medicine』に掲載される。光免疫療法の研究・開発により14年にNIH長官賞、17年にNCI長官個人表彰を受ける。他に5回のNIH Tech Transfer Award等を受賞。

 

八木優子(やぎ・ゆうこ)
1996年、神奈川県生まれ。私立桜蔭高校出身。東京大学(理科三類)入学後は水泳部に所属し、ピアノコンクールでも全国大会出場。同学在学中、6年時の研修ではジョンズホプキンス大学、シンガポールジェネラルホスピタルに留学。卒業後は都内病院に勤務。

 

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がんを瞬時に破壊する光免疫療法

がんを瞬時に破壊する光免疫療法身体にやさしい新治療が医療を変える

小林久隆

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